例えば、酷い環境下で生きる事を余儀なくされたとする。
最初は不満に思ったり、自らの不幸を嘆いたりするだろう。
そんな暇もなく死んでしまうものもいるだろう。

しかし、いずれはその環境に適応していく。
適応できないものは死んでしまう。

ただ、それだけだ。





「ねえ、アトワイト。」

ふと呼びかける。

「何かしら。」

アトワイトが振り返る。
まるで、何でもない事のように隣にアトワイトがいる。
その事に心中でホッと溜め息を吐きながら、話を切り出した。

「ハロルド博士に教えてもらったんだけどさ、深海にも魚は生息するんだって。」
「へえ、そうなの。」
「博士も見た事はないらしいけど、昔の文献にはそういう風に記されていたらしいよ。」

アトワイトはこの話に興味がないようだったが、そのまま視線をこちらに預けた。
どうやら最後まで聞いてくれるらしい。

「で、そういう魚って加圧された厳しい環境で住んでるから、地上に引き上げると膨張して死んじゃうんだって。」
「グロテスクね。」
「そうだね。」

その光景はおぞましいだろうな、と思う。
出来る事なら見たくない。

「でも、何となく分かっちゃうんだよね。」

荒んだ環境で暮らしていたものが、ある日突然に幸福になってしまう恐怖。
酷い理屈だと思いながら、何処かでそれを理解してしまう自分がいる。

「この戦争が終わったら、どうしようか。」
「さあ、私も分からないわ。」

尋ねてもどうしようもない問いかけ。
アトワイトもつまらなそうに苦笑してそう答えた。

「戦争を終わらせなきゃって思ってるんだけど、終わっちゃったら怖いなあ……。」

一度幸せを奪われて、絶望を味わったというのに、再び幸せを手に入れてしまうかもしれないという恐怖。
幸せだなんて、案外脆く壊れてしまうものだと知った後で、それを再び手に入れたってどうしたらいいか分からない。

「心が膨張して死んじゃうかもね。」

呟くと、アトワイトがくすっと笑った。

「随分と詩的な表現ね。」
「変かな?」
「変ではないわ。似合わないけどね。」

そう言われてカリカリとこめかみを掻いた。
何だか悔しいような照れ臭いような気持ちだ。

「ああ、ずっと軍人でいたいなあ。」

鬱屈した感情を吐き出すように呟く。
アトワイトはその長い足をゆっくりと組み替えて、小さく笑った。

「分かるわ、何となく。」

その発言に目を瞬く。
幸せと言うのとは少し違うけれど、隣にいるのがアトワイトでよかったと思った。





一度、辛い環境に適応してしまったらそこから這い上がる事はできない。
幸せにならないように、例えそれが仮想的な空間であっても絶望に身を置くしかない。
深く暗い青色の中に沈み込んで生きていくしかない。

軍人である事。
常に血生臭い環境に身を置く事。

それが、幸せに適応して生きていけない僕らの、ディープアクアリウム。










アトシャル!^▽^

シャルティエは卑屈でなきゃシャルティエじゃないと思っている^^^^^