「ハロルド、暇?」

そう言いながら人の部屋の窓を勝手に開けるのは止めて欲しい。
ちょっとした犯罪なんじゃないだろうかと思いながら、そこから顔を覗かせる人物を見遣る。

というか、時間が時間だ。
携帯の時計を確認すると深夜二時。
こんな時間に尋ねてくるな。

「暇でないとは言わないが。」
「そう、じゃあちょっとつきあってよ。」

だからと言って暇な訳ではないと言う言外の主張をアッサリと無視して、アトワイトは無理矢理オレを窓から連れ出した。
ああ、暑いからといって窓を開けたまま寝るんじゃなかった。
こんな厄介なのに掴まるだなんて。

「靴、ないけど。」
「じゃあ、そこに載ってて頂戴。」

そう言って、アトワイトの自転車の荷台に載せられる。
オレを載せたまま何処かへ向かって自転車を漕ぎ出すアトワイト。
ガタガタと揺れる荷台の上で、普通こういう場合は立場が逆なんじゃないだろうかとぼんやり思った。

何度か赤信号で止まり、青になる度にゆっくりと進んで目的地へと向かう。
オレの知らない道を迷いもなく進んでいくアトワイト。
普段ならば何処へ連れて行かれるのかと訝るのだろうが、とにかくその日は暑かった。

「着いたわよ。」

言われて視線を向ける。
いや、視線を遣らなくとも分かった。

波の打ち寄せる音。
磯の生臭い香り。

海だ。

「貝殻なんかで足切らないようにね。」

砂浜に自転車を止めて、アトワイトはそう言った。
降りろ、という事らしい。
反抗するのも馬鹿馬鹿しく、オレは素直に言葉に従うとアトワイトが進むのに沿って、素のままの足で砂浜を歩いた。

「何で海になんか来たワケ?」

先を歩くアトワイトに問い掛ける。

「さあ?」

アトワイトは笑いながら此方を振り向いた。
足首までの白いワンピースが風にはためいた。

「さあ、って何。」

ほぼ、何の装飾もないと言っていい白いロングワンピース。
これがここまで似合う女というのも他にはいないだろうと思いながら問いを重ねる。

「だって、わからないもの。」

くすくすと笑いながら綺麗にターンする。
ワンピースの裾がひらひらと揺れた。

全く、こんな服でよくここまで自転車を漕いで来たものだ。
女と言うのは器用な生き物らしい。

「何となく、貴方を海に連れて来たかったのよ。」

アトワイトはそこで靴をぽうんと脱ぎ捨てると、波打ち際へずんずんと進んでいった。
華奢なデザインのパンプスをそこへ置き去りにして、アトワイトはワンピースを捲り上げた。

「オレを、かよ。」

お前が来たかったんじゃないのか。
そう溜め息を零しながら、アトワイトに続いて波打ち際へと向かう。
暗闇に浮かび上がる白がいやに眩しかった。

「そう、貴方を。」

波が打ち寄せる。
足が濡れた。

そのままサッと引いていく波と攫われていく砂に、足元を掬われそうになる。

「おっ、と。」

バランスを崩して咄嗟にアトワイトに掴まる。
アトワイトはおかしそうな顔でにやにやと笑った。

「何だよ。」

波が再び押し寄せる。

「人に掴まっておいて何だよ、はないわね。」

トン、とアトワイトに手を離された。
波が引いていく。

「うわっ……!」

飛沫をあげながらその場にひっくり返る。

「ぶへっ、おま……冷てっ……!」

午前二時の水は、幾ら夏場と言えども冷たかった。
突き飛ばす際に手を離した為か、アトワイトのワンピースの裾も水を吸って重たげだった。

「じきに慣れるわよ。」

そのまま膝を折って、オレの上に跨るように座るとアトワイトは小さくキスをした。
塩と何かその他のものが入り混じった、海の味がした。

「……ホント、何がしたいの。お前。」
「さあ?」

昏い青がまた押し寄せてくる。
今度のは大きな波だった。

胸元までを濡らす波に、ずるずると引きずられる。

「海水でびしょびしょになる貴方が見たかったんじゃないかしら。多分。」

首を傾げながらアトワイトが笑う。

「馬鹿じゃねーの。」
「そうね、馬鹿ね。」

二人して、波の飛沫を浴びながら溜め息を零す。
彼女の白いワンピースだけは何故か昏い青に染まらなかった。










アトハロは何故だかいつもこんな雰囲気になる……
不思議だ……