「ああ、こんなトコにいたのかよ……。」

薄明かりの漏れる、今や主のいない部屋。
軽く二度ほどノックをして、返事も待たずに扉を開いた。
こんな日は、本当はノックですら意味をなさないだろうから。

「ディムロス、探したぞ。」
「…………ハロルドか。」

ぼんやりとした調子でディムロスが答える。

ずかずかと室内に上がりこむと、アルコールの臭いが鼻を突いた。
ああ、くそっ、相当に飲んでるな。

「随分飲んでるみたいだな。」
「悪いか?」
「……いや、別に。」

ディムロスがこのような言い方をする事は稀だった。
どうやら相当に感傷的な気分らしい。

「……そうだな、オレも飲もうかな。」

慣れた勝手で、戸棚からグラスを取り出す。

「珍しいな、飲めない癖に……。」
「飲めないんじゃなくて、飲まないだけだよ。」

グラスを差し出すと釈然としない風にしながらも、ディムロスはアルコールを注いだ。

「乾杯。」

そう言ってディムロスのグラスの端に軽くそれをぶつけると、中の液体に口をつけた。
舌にピリピリとした苦味を感じる。
ああ、これが脳に回るんだろうなと思うと少し不快な気持ちになった。

そう、飲めない訳ではない。
この理性を脅かされそうな感覚が嫌いなだけなのだ。

「死者の部屋で酒を酌み交わすっていうのも、なかなか趣味が悪いな。」
「……そんな言い方をするな。」

笑いながら言うと、ディムロスは至極不機嫌そうに……いや、怒っているらしく、そう言った。
死者、という言葉が気に障ったのだろう。

しかし、これは一体どういう事だろうか。
兄の死を未だに受け入れていないという事なのか。
そんな、まさか。

「せめて、こんな日くらい……そんな言い方をしなくてもいいじゃないか……。」

悲しそうな表情で、ディムロスが呟く。

ああ、そうか、受け入れていない訳ではなく。
ただ感傷に障ってしまったのか。

それならば、と言葉を選んで呟く。

「じゃあ、その兄貴の部屋を汚すなよ。こんなにしてたら怒られるぞ。」
「…………そう、だな。」

言うと、暫くの間の後に納得がいったらしく、ディムロスはフラフラと立ち上がって片づけを始めようとした。
どう考えても無理だろう。
泥酔状態じゃないか。

「ああ、もういいよ、オレが片付けとくから。そこのベッドで寝てろよ。」
「……すまない……頼む。」

ディムロスは少し逡巡した後に、大人しく引き下がった。

死者のベッドに生者を寝かせるなんて、ゾッとしない事だけれど。
それでも、ディムロスにとってはそれが一番いいだろう。

「……カー、レル。」

ベッドに倒れこんで、ディムロスが小さく呟いた。
その台詞に、一瞬ドキリと身が竦んだ。
しかし、次の瞬間には安定した深い呼吸が聞こえてきた。
恐らく眠ったのだろう。

「ちっ、兄貴のバカヤロー……。」

兄と同じ色の赤い前髪をかきあげて呟く。

「どうすりゃいいんだよ、こんなの。」

誰かの死を悼んで泣くディムロスを慰め続けた兄は、もういない。
自分には、誰かを慰める方法なんて分からない。

そう思いながら、ふとテーブルの端に目をやると、まだなみなみとアルコールの残っている自分のグラスがあった。

「…………なるほど、理性と付き合いたくない日もある訳だ。」

呟いて、もう一度それに口をつける。
やはり苦かった。



それぞれの想いを載せて。

明日、ラディスロウは深い青の底へと沈みゆく。










ラディスロウを海に沈める話
ディムロスの独白にしようかと思ってたけどハロルドが出張ってきた^▽^