カーレルの料理は、とにかく死ぬほど不味い。

いや、料理だけではなく飲み物なども大概において酷い。
それでも、私の為にと用意してくれたものなのでいつも頑張って食べきるようにはしていた。

しかし、とにかく酷い。
以前には一度カーレルの料理を食べてアトワイトの元へと運ばれた事もあった。
とにかく礼を失さぬようにと完食しようとした事は覚えているが、正直に言うと、自分が何を食べたのかはさっぱり思い出せなかった。

医務室のベッドで目を覚ました私に、ハロルドやイクティノスがひたすら謝罪したのだが彼らに責任がない事は言及しておこう。
ちなみにカーレルは「あれー、おかしいなあ。」と困ったように笑っていた。
どうにかしてくれ。

聞いた話によると、外は生で中が焦げたパンケーキに、いちごジャム、マヨネーズ、醤油、バター、辛子酢味噌で味付けした半生の鰯のフライをサンドしたものだったらしい。
なるほど、道理で記憶が飛ぶ訳だ。

と、いうかどうすれば外が生で中が焦げたパンケーキになるんだ。
普通は逆ではないのか。

カーレルによると、フライパンでパンケーキを焼いていたら生地が焦げ始めたので慌てて上から生地を追加したらしい。
今度は焦がさぬようにと気を配った結果が生なのかと思わず脱力した。

「やっぱり焦がしたのがよくなかったのかなあ。」
「恐らくはそこではないと思う。」
「そう?」

半生の鰯が一番の問題だったのではないだろうか、いや、だがしかしそれだけではない気もする。

「ごめんね、ディムロス。」

にこり。
笑顔でそう言われてしまうと、どうにも叱る気が失せる。
これは私が悪いのだろうか……。

さて、問題は以前に倒れた事ではない。
今現在のこの状況に私は大変悩んでいるのだ。

何故なら、カーレルが紅茶を淹れてきたのだから。





「紅茶を淹れてきたんだけど、休憩しない?」

その場の空気が一瞬で凍る。
普段なら冷静なイクティノスでさえ、表情を曇らせた。

「ハロルドがクレメンテ殿からいい茶葉を頂いたらしくてね。部屋に置いてあったから淹れてきたんだ。」

ハロルドが淹れたならば、とても美味しい紅茶を飲む事が出来ただろうに……と、考えたのは私だけではないだろう。
と、いうか漂ってくる匂いが明らかに妙だ。

「カーレル、ちなみにどうやって淹れたんだ?」

恐る恐る尋ねると、カーレルはにこりと笑って答えた。

「トマトジュースで茶葉を煮込んで、生姜とシナモンといちごジャムを入れたんだ。」

その製法に思わず絶句する。
イクティノスは顔を顰めていたし、シャルティエに至ってはその目に薄っすらと涙を浮かべていた。

「な、何故トマトジュースで……紅茶の葉は湯に入れるものではないのか?」
「ロイヤルミルクティーはミルクで煮出すだろう?」
「いや、それなら普通にミルクで……。」
「ディムロス。トマトにはビタミンA、C、P、H、カリウム、リコピン、ルチンなんかが含まれていてとっても体にいいんだよ。」

何故その知識が調理の方向に向かないのだろう。
要らぬ知識ばかり蓄えるのは勘弁して欲しい……。

「生姜とシナモンといちごジャムは?」
「ジンジャーティとか、チャイとか、ロシアンティーってあるだろう?」
「…………。」

何を言っても駄目なのではないだろうか……。
そう思った瞬間、カーレルはさらに恐ろしい事を宣った。

「で、色合いがよくないなあと思ったから赤ワインを入れてみたんだ。」
「それは何を思ってそうしたんだ。」
「いや、ホットワインってあるじゃないか。だから、一緒にしたら美味しいかなって。」

成る程、それでアルコール臭い訳だ。
せめて加熱をしてアルコールを飛ばしていればまだマシだったに違いないのに。

「シャルティエ、どうだい?」
「い、いえっ! めめめめ滅相もない!」

カーレルがそれをティーポットからカップに注いで、スッとシャルティエへと向ける。
シャルティエはその銀の髪を揺らしながらぶんぶんと首を振った。
水面は何処か紫がかっていて、生姜やジャムの残骸がその中でふわりふわりと沈んでいった。

これは流石に飲めないだろう。
だがしかし、捨てるという選択肢も最初から与えられてはいない。
食料物資の少ないこの地上で食べ物を無駄にする訳にはいかないのだ。
中将がそれでは部下に示しがつかなくなる。

「…………私が頂きましょう。」

そう考えていた時、イクティノスが顔を顰めたまま名乗りを上げた。
恐らくは同じような事を考えていたのだろう。

「いや、私が貰おう。」
「中将!?」

しかし、こんな事で部下を犠牲にするような真似はできない。
私が名乗りを上げるとイクティノスは驚いたらしく、珍しく慌てた様子で言った。

「貴方が倒れたら一万の兵士に被害が及ぶんですよ、分かっているんですか!?」
「分かっている、倒れなければいいだけの話だ。」
「や、やっぱり僕が飲みます……!」

それを見ていたシャルティエがそっと手を上げた。

「ぼ、僕みたいな下士官なら……倒れたりとかしても平気だと、思うし……。」

泣きながら呟くシャルティエはあまりにいじらしい。
全く、私はよい部下に恵まれたものだ。

「いいや、そんな事はさせられない。やはり私が貰おう。」

言って、カーレルの腕から奪うようにカップを取ると一気にそれを飲み干した。

「…………っ、げほっごほっ!」

暖められて揮発したアルコールに思わず咳き込む。

「ああ、もう、中将……だから言ったのに!」

イクティノスが気遣うように私の背を叩いた。

「だい、じょうぶだ……。」

咳き込みながらカップを返すと、カーレルは不思議そうに首を傾げた。

「あれ、おかしいなあ。また私、失敗した?」
「ああ、そうだな……まずかった……。」
「そっか、ごめんねディムロス。」

恐らくは、世界で一番不味い紅茶だろう。
しかし、にこりと笑うカーレルに、やはり私は叱る事も出来ずに、小さく溜め息を吐いた。

「ところで、後まだ二杯分くらいあるんだよね。」

微笑んで、カーレルがティーポットを揺らす。
イクティノスとシャルティエが諦めたような顔で静かに挙手をした。










パンケーキは弟が実際に作ったものです^▽^
その後の鰯のフライとか味付けとか紅茶とかは私が今考えたので、やってみて本当に紫になるのかはわからないのですが……

カーレルさんのメシマズは驚異的ですね
書いててびっくりした