二十三年もの長きに亘る戦争が終わりを告げて、はや数年。
塵埃に塗れた空から少しづつ太陽などというものが顔を見せ始めたこの頃。
深い雪に覆われていたラディスロウ拠点後に、何やら疎らな茶色が見えるようになってきた。

「おや……。」

久方振りに拠点後の視察に来てみれば、近年の温暖化の傾向の為だろうか、雪の合間に地面が肌を見せていた。
そこへ歩み寄って、硬く湿った土にそっと手を触れる。
人肌よりはずっとずっと冷たい地面。
しかしそこに、雪とは違う有機的な温かみをほんのりと感じた。

「らしくない事だ。」

ふとした思い付きに、小さく頭を振って。
しかし、その発想に好奇心がうずうずと芽を出すのだった。

「やれやれ。」

支給品のブーツを脱ぎ捨てて、素足になって、その上にそろりと立ってみる。

そもそも素のままの足で地面の上に立つなど初めての事ではなかろうか。
父は典型的なまでに対面を気にする貴族だった為、幼い頃から裸足のまま地に足を下ろすなど許された事がなかった気がする。

初めて踏みしめる地面は、当たり前の事だが冷たかった。

「折角ですから、そのまま行ってみましょうか。」

未だに雪の多く残るそこをザクザクと踏みしめて足を進める。
手が塞がっているので、仕方がないがブーツはそこに置いて行く事にしよう。

暫く進むと、少し奥まった所に、小さくはないがさして大きくもない墓標が見えた。
英雄の慰霊を讃えるには、少々小さすぎる気もしないではないが。

「視察に来ましたよ、カーレル。」

塞がっていた掌から冷たい石の上に花を降ろして微笑んだ。
石の上にかかった雪を丁寧に払いのけてやってから、そこに静かに膝を突く。

「毎年毎年、司令も律儀に視察の仕事をお遣しになる。」

小さく笑って語りかける。
そしてあの子なら一体どんな返答をかえすだろうと考えるのだ。

「そうそう、向こうの方では土肌が見えていましたよ。ここ数年で大分暖かくなってきましたからね。」

塵に覆われた空から幽かに覗く太陽を見上げる。
手で庇など作らなくとも、眼に害を及ぼさない程の光量。
それでも、僥倖であると言える。

「太陽の力というのは凄いものですね。」

これだけの熱量をもって地上に影響を及ぼすのだから、大したものである。

『太陽だけですか? 私も懸命にここを暖めているんだけどなあ。』

一瞬。
からかうような、困ったような声が聞こえたような気がした。

私は馬鹿だ。
所詮は妄想の産物だ。

「……そう、ですね。失言でした。貴方がこの下にいるんですものね。」

しかし、そう考えると冷たい地面が何だか暖かいような気がした。
本当に馬鹿な事だ。
自分の体温が土に移行して温まっただけにすぎない。
ただ熱伝導が起こっただけだ。

「全く……馬鹿馬鹿しい……。」

足の裏に柔らかな土色を感じる。
間も無くここもしなやかな若芽が萌える地になるのだろう。

「カーレル……。」

英雄の恩恵を感じながら、私は静かに涙を零した。










お墓参り、的な^▽^
リトラーさんは毎年イクティノスを視察にやりそうだなーと