「イクティノスってさあ、月下美人って感じよね。」
「は?」

頬杖を突きながら手元のマグカップを弄んでいたハロルドが、唐突にそんな事を言った。

「いや、何となく似てるなあって思ったのよ。」

けろりとそう言った彼女はマグカップを両手で持ち上げると、先ほど私に淹れさせたココアにゆっくりと口をつけた。
それを眺めながら、ああ、そう言えばこの間から妙にサボテンに興味を持っていたなとぼんやり思い出した。

「何処がどう似ていると言うんです……。」

そう呟きながら、月下美人の花言葉を思い返す。
儚い美、儚い恋、繊細、快楽、艶やかな美人。

……一体何処が当てはまったと言うのだろう。
これっぽっちも該当しそうな項目がない。

「うーんとね、白いでしょ。で、香りが強くて、夜になると花が咲いて朝には散っちゃうとこでしょ。それから、見た目の割に案外確りしてるトコとかね。」
「見た目の割に……。」
「そう、月下美人って小型動物の訪花に耐えられるだけの強度があるのよ。知ってた?」

わくわくと嬉しそうにハロルドが語る。
見た目の割に、というのは外見が貧弱だと言う事だろうか。
妙に引っかかる発言を取り敢えずは頭の隅に追いやりながら、彼女の話の続きを聞いた。

「月下美人は虫媒花より花粉と花蜜が多いのよ。」
「送粉シンドロームのコウモリ媒花ですね。」
「あら、知ってたんだ。流石ね。」

ディムロスなんて何にも知らなかったわよ、と彼女は笑った。
全く、彼と一緒にしないで欲しい。

「なら月齢に合わせて咲いたりしないのも分かるわよね。自分の都合がいい時に、相手の弱い部分を利用して実を結ぶのよ。そういう強かなところとかイクティノスっぽいわ。」

なるほど、生態学的な観点において似ているという事らしい。
この子に文学的な観点での思考を期待した私が馬鹿だった。
これは、昔からそういう子だ。

「貴女は牡丹のようですよ。」

意趣返しのつもりで呟く。
派手で、艶やかで、見るものを惹きつける薄紅。
そっくりだと思った。

「あはは、やーだ。イクティノスったらー。」

きょとんとしていたハロルドが、相好を崩して微笑む。
照れ臭そうなハロルドに溜め息を一つ零して、小さく呟く。

「薬になってくれれば、尚いいんですけれどね。」
「ちょ、ちょっとどういうイミよー!!」

不服そうな顔のハロルドを見て、小さく笑みを零した。
意趣返しは功を奏したようだ。

「ふーんだ、その内上手くいくわよー。」

彼女は薬の研究に行き詰って、休息に訪れていたのだ。
足をぶらぶらと振りながら、ハロルドはもう一度ココアに口をつけた。

「ええ、頑張ってくださいね。期待していますよ。」

そう言うと、ハロルドはにこりと笑った。

「当然よ、何てったって私は天才なんだから! 期待してなさいイクティノス!」

そう言って立ち上がると、研究室の方へバタバタと戻っていく。
相変わらず騒がしい事だ。
やれやれと一つ溜め息を吐いたところで、研究室に帰った筈のハロルドがひょこりと顔を覗かせた。

「あ、あと、言い忘れたけどココアごちそうさま。それじゃね!」

そう言って、やはりバタバタと騒がしく駆けていく。
私はもう一つ溜め息を零して、ハロルドのカップを片付けた。










イクハロ^▽^
イクティノスがどうみてもおかあさんです、本当にありがとうございました