兄貴が、死んだ。
世界は酷く空虚になった。

兄貴の為にとつけたピアスも、もはや意味を為さないものになってしまった。
金具ごと掴んでそれを引き千切る。
苛立ちのままに、それを床に向かって叩き付けた。

カシャンと金属が音を立てたのが聞こえた。

「何でだよ、ちくしょう……。」

涙も出てこない。

兄貴は世界の為に、命さえ捨ててしまった。
オレの為に、オレさえ捨てて逝ってしまった。

「何で、なんで……!」

こんなもの、オレは望んじゃいなかったのに。
どうして置いて行ったんだよ。

「声が、聞こえないんだよ……ッ!」

いつだって、どこだって、必ず兄貴の存在は傍にあった。
離れていても、不確かな声音が心のどこかで聞こえていた。

それが、ない。

何にも聞こえない。
電波を拾えないラジオのようだ。
ノイズばかりが心に響く。

不安になる。
こんな事、二十三年生きてきて初めてだ。

「なんで……兄さん……っ。」

目の前がくらくらした。
吐き気がこみ上げる。

オレはそのままベッドに倒れこんで、気を失った。





部屋の惨状に、思わず息を飲んだ。

血塗れのピアス、白衣、シーツ。
勢い良く引き千切った所為で、随分と大きな裂傷になってしまったのだろう。
漸く血が止まったらしい耳に、そっと、触れることは適わぬ手を添える。

何を対価にしても、守りたかった存在。
その痛々しい有様に目を伏せる。

そして原因が自分だという事実に胸が痛んだ。

『これは、貰っていくね。』

君には決して聞こえはしない声でそう呟いて、血塗れのピアスを拾い上げた。
そして、やはり触れることは適わぬまま、血のこびりついた頬に小さく口付けを落とした。

『…………ごめんよ、ハロルド。』

君の隣から姿を消すという事は、間違いなく私たち二人の間では裏切りだった。

命なんてものは、どうでもいい。
君を裏切らなければならないという一番の対価を払ってでも。

それでも君を守りたかったのだ。





コンコン。

「ハロルド、入りますよ?」

そう言いながら扉を拳で叩いた。

カーレルが死んで、恐らく一番ショックを受けたであろう人物を、リトラー総司令が気にかけて私を遣したのだ。
本当はただの親ばかに違いないのだけれど、今回ばかりは見逃してその任を受けた。
それはただ単に、私もハロルドの様子が気に掛かっていただけなのだけれど。

二度のノックを経て、扉を開く。
あんまりな室内の状態に、思わず目を見張った。

「ハロルド!?」

慌てて駆け寄るとハロルドはうっすらと目を開けた。





目を開けるとそこにはイクティノスが居た。

一瞬、訳が分からなかったが、暫くして自分が倒れた事を思い出した。
グラグラと体の中心が揺れる感覚に、再び吐き気を催しながらゆっくりと起き上がる。

「大丈夫ですか?」
「ただの貧血だよ。」

心配そうなイクティノスの助けを受けて、なんとかベッドに腰掛けた。

「何故こんな事になったんです?」
「いや、ちょっと、ピアスを……。」

そうだ、ピアス。

慌ててピアスを投げた先に視線を遣ると、そこには何もなかった。

「嘘だろ……。」

ふらつく体で慌てて駆け寄る。
イクティノスに無理をするなと窘められたが、それを無視して床を探す。

床にはピアスの形にくっきりと血の跡が残っている。
確かにここに落ちて静止していたという証拠だ。

しかし、ピアスは何処にも見当たらない。

「イクティノス、ピアス触ったか?」
「いいえ、そもそもピアスがあったことも知りませんでしたよ。」

イクティノスに尋ねるも、当然知る由もない事だ。
オレは研究の為に書類の溢れた室内を、引っ掻き回すようにしてピアスを探した。

しかし、それは何処にもなかった。

「嘘だ……。」

ノイズのようなあの不快感さえも、もはや聞こえなかった。

ぽろりと涙が零れた。

「どうして……。」

泣きじゃくるオレを、困ったような顔でイクティノスは抱きしめた。

「兄さん……兄さん……。」

何もかもなくなってしまった。
ノイズさえ透明になってしまった。

声が、聞こえない。










ハロカー^▽^
双子は何処かでずっと通じ合ってそうですよね