その呼び掛けは余りにも突然だった。

「シャルティエ、どうだ今晩飲みにでも行かないか?」

恐らく何の気なしに誘ったのだろう。
この人は自分と違って人見知りなどしないから。
思いを寄せるその人からの誘いに、行きますと即答したのは言うまでもないことだった。

「そうか。ではこのホールで8時に待ち合わせよう。」

ディムロス中将はと言うと承諾を得られた事が嬉しいのか、テキパキと待ち合わせを決めて去って行った。
こんなにあっさりと去って行く所を見ると、まだ膨大な職務が残っているらしい。
中将ともなると何とも大変な事だとこっそり溜め息を吐いてシャルティエはその後ろ姿を見送った。





8時20分。
約束を交わした人はまだ訪れていなかった。
かといって約束をすっぽかされたということもないだろう。
そう思っていると通路の向こうからバタバタと慌ただしい足音が聞こえた。

「すまん、シャルティエ遅くなった!」

やっぱり。

「会議が長引いてしまってな……。」

この人が自分からとりつけた約束をすっぽかす訳がないのだ。

「いえ、僕も今来たところなんです。仕事が残ってしまったもので。」

そう言って笑うとディムロスはホッとしたような顔をした。

「今から5分程前に着いたんですが、中将の姿が見えないので置いて行かれたかと心配した位です。」

本当は待ち合わせ時間の10分前には着いていたことは黙っておく。

「そうか、済まなかったな。では行くとしようか。」

ディムロス中将は安堵の笑顔で返して言った。

「はい、中将。」





着いた酒場は落ち着いた雰囲気で、いかにもディムロス中将が好みそうなところだった。

「あれ、他の方は……。」

ディムロス中将のことだ、他にも誰か誘っているだろうと思い尋ねる。

「アトワイトは酔っ払いの介抱をするのは嫌だそうだ。」
「はあ……。」

それはまた。
まあ、アトワイトなら言いかねないだろうとも思うのだが。

「カーレルはハロルドと先約があると言っていたし、老はアトワイトに飲酒を止められているし、イクティノスは大衆酒場は嫌だと言うし、総司令は忙しそうにしていらしたからな。」
「……要するに、皆さん都合がつかなかったんですね。」

不服そうな顔をしてディムロス中将が頷いた。

「そういう事だ。」

だから、自分なんかが誘われたのか。
釈然とした。
他に誰も一緒に出かけられる人間が捕まらなかったのだ。
まあ、自分でもそうでなければこんな面白みの無い奴を誘いたいとは思わないから仕方が無い。

「ウイスキーをロックで。」
「じゃあ、同じものを。」

ディムロス中将に倣って注文する。
出てきたアルコールに口をつけて、不満を前面に押し出した様子でディムロス中将が呟く。

「ちゃんとシャルティエも来るんだと言ったんだがな、アトワイトは絶対行かない、と。」
「え。」

予想外の言葉にぽかんと口を開けてしまった。

「あの、アトワイト大佐を先に誘われなかったんですか……?」

質問の意味を量りかねているのだろう、首を傾げながらディムロス中将が答える。

「おまえを最初に誘ったが?」

本当に全くもって予想外だ。
思わず口元を押さえて俯いてしまった。

「シャルティエ?」

こちらを伺うディムロス中将に何とか笑顔で答えて、自分もアルコールに口をつける。
毎回毎回こういう所にどきりとしてしまう。
本当にこの人はどうしてこうなのだろう。
改めて、ああ、自分はこの人が好きなのだと思う。

嬉しかった、だなんてどうしても言葉には出せないけれど。
だから酒のペースがいつもより速くなってしまったということも否めなかった。
暫くして隣を見遣るとディムロス中将が机にうつ伏せている。

「中将、まさかもう潰れたんですか?」

心配になってディムロス中将を見遣る。
かれこれ3時間。
流石のディムロス中将も潰れてしまったかもしれない。

「ば、馬鹿を言うな……っ!」

その返答を聞いて、尋ね方を間違えたと思った。
どうやらプライドを刺激してしまったらしい。

「そうですか、じゃあワインをもう一杯。」

カウンター越しに今度はワインを注文する。
こういう時は下手に心配するよりこちらの方が効果がある。

「うっ……。」

思ったとおりディムロス中将は聞いているだけで気分が悪いというように嗚咽を零した。
苦笑して、出てきたワインを一気に呷ると店を出ようとディムロス中将に促した。

「すみません、お会計。」

そう言うのをディムロス中将が止めた。

「いい、私が払う。」
「ですが、僕のほうが飲んでましたよ?」

遠慮がちに言うとディムロス中将は不貞腐れたような顔で呟いた。

「こういう時は断るほうが礼を失するものだと習わなかったか。」

潰れた上にそれではあまりに格好がつかないということだろう。
幾ら自分の方が階級が低いとはいえ、少佐ともなれば酒代くらい生活に何の支障もきたさないのだが、敢えてその言葉に甘えることにしておこう。

「分かりました。ご馳走様です。」

青い顔をしながら会計を済ませるディムロス中将を支えて、それから酒場を出た。

「……酒には強いほうだと思っていたのだが。」

ぼそりとディムロス中将が呟く。
風で聞こえなかった振りをして、そのままディムロス中将を部屋まで送り届けた。





翌日。
ディムロス中将は見事に宿酔いになっており、その隣でアトワイトが溜め息を吐いていた。

「加減せずに飲むからこういうことになるのよ。」

呆れ顔のアトワイトに、頭痛で顔を顰めながら小声でディムロス中将が囁く。

「もう少し、静かに、喋ってくれ……。」

水と薬をサイドテーブルに置いて、アトワイトは隣の椅子に腰掛けた。

「だからシャルと飲みに行くのは嫌だって言ったでしょ。」

アトワイトの隣に立ちながら苦い顔で反論する。

「アトワイト、そんな言い方はないじゃないか。」

アトワイトは目を細めてこちらを見た。

「だって貴方ザルを通り越してワクなんですもの。」

それを聞いたディムロス中将が苦虫を噛み潰したような声で呟く。

「……昨日の台詞は、そういう意味か。」

そんなディムロス中将を見てアトワイトが再び溜め息を零した。

「まあ、その肝機能に目をつけられてハロルドに解剖されないように気をつけてね。」
「ははは……。」

冗談になっていない所が恐ろしい。
そんな会話を交わしているとディムロス中将に手招きされた。
大声を出せないからだろう。

「今度行くときはほどほどにしてくれ……。」

顔を近づけるとディムロス中将は、頭が痛くて仕方が無い、とそう言った。

「今度の話なんてよく今できたものだわね。」

アトワイトに頭を軽く叩かれてディムロス中将は呻いた。

今度が、あるのか。
またしても予想外の発言にどきりとさせられた。
本当に、この人には適わないと思う。

こんな台詞は社交辞令かもしれない。
でも、この人は嘘は言わない。
だからきっと今度があるのだろう。

「またご一緒しましょうね、中将。」










シャルティエの卑屈ぶりが書きたかった^^^