「ティンバー中将。」

物資保管庫から出てきたディムロスに声をかける。

「どうした、マイナード少将。」

何か用事でもあるのかと言いた気にこちらを振り返ったディムロスに苦笑を浮かべる。

「いいえ、ただ閣下が物資保管庫にこられるなど珍しいですからね。一体どうなさったのかと。」

そう返すとディムロスは手元の紙を示してみせた。

「前回の出陣の際の余剰物資の返却だ。」

返却の旨を記すその紙を手許のファイルにしまいこみながらディムロスは言った。

「わざわざ、御自らそんなことをなさっているのですか。」

この物資不足のご時勢、供給された物資は何処の部隊でも使い切っている。
……転売していると言った方が早いかもしれない。
転売して得ているものは、恐らく低質のアルコールなどだろう。
しかし、使い切らなければ次からの支給量が減らされてしまう為、嘆かわしいことだが部隊長も容認する傾向にあるのだ。
それをきちんと、しかも自らの手で返却するあたり律儀な人だ。

「たまたまだ。時間が空いていたのでな。」

そうは言うが、中将の任ともなれば相当の執務量に違いない。
暇な時間などそうそう出来るわけが無い。

「たまたま、ですか。」

全ての仕事を自分でこなさなければ気が済まないのだろうか。
本当に不器用な人だ。
この不器用さが、昔は苦手だった。
いや、あれは寧ろ嫌悪に近かった。
合理的に物事を進めることができないこの人に自分はずっと苛々していた。
それが変わったのは何時からだったろうか。



ソーディアン・チームへの抜擢。
情報将校の自分が一体何故、と思わないでもなかったが地上軍始まって以来の天才と称されるハロルド=ベルセリオス博士が決めたことなのだ。
恐らく余程の適正があったのだろう。
しかし、気に入らないのはチームの面子に自分のもっとも苦手なタイプの人間がいたことだった。
喰えないカーレル=ベルセリオス中将、その妹で好き勝手に動き回って周りを翻弄するハロルド=ベルセリオス中佐、いつもおどおどと他人の顔色を伺っているピエール=ド=シャルティエ少佐。
中でもディムロス=ティンバー中将は、まさに苦手な人間のステレオタイプと評してもいい。
こんなメンバーで本当に自分はやっていけるだろうかと、真っ先に胃の心配をしたものだった。

ソーディアン・チームでの会議は大抵司令室で行われた。
何とも大仰なことだ。

「…………以上が私が作戦の内容として提案するものです。」

一通り概案の説明を終えて、意見を問うように視線をそれぞれに向ける。

「その案では被害を被る兵士の数が多すぎる。再度検討を重ねてもらいたい。」

まっさきに声を上げたのはティンバー中将だった。
被害を被る兵士の数?
戦時中に何を言っているのだろう。
今更な言葉に笑いが漏れそうになった。

「何故でしょうか、私にはこの案が迅速かつ合理的だと思われるのですが。」

苛々する。
思わず口から飛び出た、上官に歯向かうとも取れる発言。
普段の自分ならば有り得ない事だ。
いや、ここがソーディアン・チームという特殊な環境だからだろうか。
ここではもっとも階級の低いシャルティエ少佐にまで意見が求められる。
軍隊という環境の中では有り得ないことだった。
だからこそ、そう尋ね返すことが出来たのだろう。

「決まっているだろう。兵の命をやたらに奪う訳にはいかない。」

薄ら寒い程に全うで誠実な答えに、返す言葉も浮かばなかった。

「分かりました。では、この案は再度検討させて頂きます。」

それでその場が収まると思ったからそう言ったまでだ。
自分などが意見しなくともこの後のベルセリオス中将の案で決まるだろうと思ったのだ。
実際、会議はベルセリオス中将の案でほぼ可決の方向へ動いた。
その案は確かに自分の考えるものとは違い、戦場を知る人間だからこそ考え得る素晴らしい案だった。
次週の会議の際に正式な決定が下るだろう。

「以上で本日のソーディアン・チーム会議を解散とする。皆、遅くなってしまい済まなかった。ゆっくり休んでくれたまえ。」

リトラー総司令の号令により会議が解散されたのは2230を疾うに回った頃だった。
部下をオーバーワークさせる事をあまり好まない総司令にしては珍しい事だ。
それ程に会議が白熱していたという事でもあるが。
仕事が長引く事自体は好ましくないが、出るだけ無駄な会議などよりはよっぽど充足感を得られた。





次週、やはり予想通りベルセリオス中将の案が可決された。
上官に出せと言われた手前、無理やりに作成した再検案は提案する前に没になった。
勿論そのつもりで作ったのだが。
自らの執務室に戻ってから、廃棄書類の棚にそのままそれを突っ込んだ。
これで、自分付きの副官が今日中に処理してくれるだろう。
ついでにそのまま書類の整理に取り掛かることにした。
本日2000を以って久方振りの休暇に入るからだ。
と、いっても一日だけだがその間に片付けたい事は色々と溜まっている、それを無粋な仕事に邪魔されない為にも書類整理を済ませておきたかったのだ。
2000までに書類の整理が終わるかというとそれは無茶なのだが、それでも何とか執務時間内に終わらせてしまいたい。
仕方が無いと腹を括って、集中して書類の整理に取り掛かることにした。





かれこれ半時ほどそれだけに没頭していたのだろう。
コツコツと扉が叩かれる音で漸く我に返った。

「氏名、階級、用件をどうぞ。」

声を張って扉の向こうへ告げる。
恐らくは副官だろう。
予想通りの回答が扉越しにこちらへ聞こえた。

「お入りなさい。」

視線もくれず入室を許可すると、副官は静かに室内へ入り敬礼した。

「少将、ラディル=クレメンテ元帥閣下より本日中に提出をと書類を預かっております。」

副官が手渡す書類を受け取って目を通す。
先日得られた敵のデータを至急届けて欲しいとのことだった。

「了承しました。データは情報部管理下のパソコン端末より私のファイルを開いて印刷の後書類に添付、書類の草稿は貴方に任せますので完成次第私の元へ持ってきて下さい。草稿のチェックをしますのでその後、清書してクレメンテ元帥へお届けするように。」

副官のIDならばある程度までファイルの中身が見られるようになっている。
そうでなければ何から何まで自分で手間を割かねばならず不便だからだ。

「それでは失礼致します。」

副官はそのまま敬礼をして部屋を去って行った。
時計を見ると2012を示していた。
やはり終わらなかったか。
溜め息を一つ吐いて、首を回すと関節がぽきぽきと鳴った。
その時再び執務室の扉が叩かれた。
副官が何か伝え忘れたのだろうか。
ああ、そう言えば彼は廃棄書類をまだ処分していなかったなと思い当たる。

「どうぞ、お入りなさい。」

そう告げると勢い良く扉が開いた。
自分があまり騒がしい事を好まないと知っている副官ならばこんな開け方はしない。

「失礼する。」

驚いて目を見張るとそこに居たのは、青い髪の…………。

「ティンバー中将……。」

一体どうしたというのだろう。
彼は自分よりも数時間早く休暇に入っていた筈だが。

「これは失礼いたしました。先ほど部下を送り出した所でしたので、てっきり彼が戻ってきたものかと。」

どうぞ、お入りなさい。などという上官に対するあるまじき非礼を詫びる。
堅物と噂されるティンバー中将の気に触るだろうと思ったのだ。
これは叱られるだろうか。
しかし、予想は妙な形で覆ることとなった。

「いや、気にしなくていい。今は互いに休暇中だろう。」

ティンバー中将はそう言って苦笑した。

「は。」

思わず言葉が漏れた。

「先週私がお前に提出するように言った再検案を見せてもらおうと思ったのだ。」

何だと言うのだろうこの人は。
休暇中だと言ったかと思えば仕事の話。
しかも、嫌味たらしく没案を見せろなどとは。
先日の会議での発言が気に喰わなかったのだろうか。

「あれは没案ですよ。一体どういうおつもりですか、ティンバー中将。」

眉間を顰めてそう言うとティンバー中将は更に苦笑した。

「ディムロスで構わん。再検案は何処にある?」

ますますもって分からない。

「……休暇中なのではないのですか?」

言うとティンバー中将は気まずそうにうなじを擦った。

「いや、その、仕事は全て終えねば落ち着かんのだ。お前だって執務時間は終わったのに働いているだろう。」

やりたくてやってる訳じゃないと言ってやろうかと思った。
休暇中だというのならばそれでも許されるだろうから。

「本意ではありません。」

何とか体裁を取り繕った言葉で告げる。

「そうか、それは悪かった。」

ティンバー中将は柳眉を下げて謝った。
部下に対してこの様な態度を取る上官など見た事も聞いた事も無い。

「どうして、ですか?」

ただただ見慣れぬものを見た思いで尋ねる。

「軍人たるもの、公私は分けるべきだろう。そうでなくとも自分の過ちは謝罪すべき事だしな。」

眩暈がする。
これで本当に中将なのだろうか?

「あとは、お前の再検案を見たら本格的に休暇に入るつもりだ。」

それならばさっさと休暇に入ればいいものを。
こちらが何も言う気配がないのを悟って、書類を提出するように促してくる。

「今日の会議では提案の機会がなかったが、私がお前に考えて来いと言ったのだからせめて目を通すのが筋だろう。」

そんな発言に呆気に取られた。

「その為だけに、わざわざ立ち寄られたんですか?」

ティンバー中将はその通りだとさも当然のごとく頷いた。
普通はその場凌ぎの発言で、再検案など考えていないものと受け取ってもいい筈なのに。
何なのだろう、この人は。
思わず苦笑が漏れた。

「生憎と、たった今副官が破棄してしまった所ですよ。ディムロス。」

書類は未だに部屋にあったが、嘘を吐いた。
ファーストネームで呼んだ事に対してか、小さく笑みを見せてディムロスは言った。

「そうか、それは悪い事をしたな。イクティノス。」

生真面目が過ぎる。

「ええ、そうですね。ですからさっさと休暇に入って下さい。」

これ以上働いてどうするのだと言外に含めて、さっさと部屋から追い出す事にした。
さっきからディムロスの所為で頭痛が酷くて仕方が無い。

「では、おやすみイクティノス。」

退室の際にそう言うディムロスにおやすみなさい、と小さく返して目を伏せた。
ディムロスは扉を閉める音もやはり煩かった。

「もっと、心情を吐露すればいいのに。」

思わず溜め息が漏れた。
この人は恐らくとんでもなく不器用なだけなのだ。
そしてとんでもなく生真面目な為に誤解されやすいのだろう。
一ヶ月程毎日顔を合わせていたのに、今更漸く気付くだなんて。

それが、恐らくは切欠。



「まったく、相変わらず不器用なんですね。ディムロス。」

そう言って溜め息を吐くと即座に叱責が飛んできた。

「現在は職務中である。上官を呼び捨てにするとは何事か!」

すっかり記憶に浸っていた所為か、うっかりファーストネームで呼んでしまったようだ。

「はっ、失礼いたしましたティンバー中将閣下!」

居住まいを正して敬礼する。 うむ、と一言頷くとディムロスはそのまま踵を返して去っていった。
それが、堅物だと誤解される原因であるというのに。
もっとも、自分もディムロスが不器用なだけだという事に暫くは気がつかなかったのだが。
溜め息を一つ零して、漸く自分も物資保管庫に用事があった事を思い出した。










他の話では結構くだけた話し方してますけどね、ディムロス^q^
でも、まあ堅物だしこんな話もありかなーと
それぞれ別物として読んでやってください^▽^