ディムロスとはここ暫く任務で顔を合わせていなかった。
第一師団長だなんて面倒な役職についている彼と顔を合わせる事が少ないのは当たり前と言えば当たり前の事だけれど。

「ディムロス?」

私室の扉をノックする。
もうとっくに仕事は終わっている筈なのに、返事はなかった。
これは不味い兆候だ。

「やっぱり執務室かな。」

そう呟いて、踵を返すと執務室へ向かって歩き出した。





ディムロスの執務室の傍まで来ると、これまた珍しい人物と顔を合わせた。

「情報部長、一体こんな時間にどうなさったんですか?」

彼は余計な仕事を抱え込みたがらない性質だから、こんな時間まで仕事をしているというのは本当に珍しい事だった。

「嫌味ですか、カーレル。」
「いえいえ、イクティノス少将もご多忙の様で。」
「…………こんな時位、イクティノスで構いませんよ。」

とっくに就業時間は過ぎているのだから。
溜め息混じりにそう言った彼は、私達の育ての親の一人だ。

「ディムロスに感化されましたか?」

にやにやと笑みを浮かべて尋ねると軽く睨まれた。

「…………かもしれませんね。」
「珍しいですね、貴方がそんな事を言うなんて。」

しかし、次の瞬間には溜め息と共にそう零した。
それが意外で、ついつい本音でそう返した。

「茶化さないでください。」
「すみません。」

からかわれたと思ったらしいイクティノスに嗜められた。
別にからかった訳ではなかったのだが、そう思われたのならそちらの方が都合がいい。

「…………その、ディムロスですが。」

イクティノスが、不意に言い難そうに呟いた。
こんな時間にこんな所に来ているんだからディムロスに会いに来たのだろうか、とは思っていたがどうやら当たっていたらしい。
大方書類か何かを届けに行った帰りなのだろう。

「寝てました?」
「え? ええ……。」

私の突然の問い掛けにイクティノスは多少戸惑った様だった。

「では心配ありませんよ。」

今日、任務を終えて戦地から帰ってきたディムロス。
今回の任務はそれなりに規模が大きかった為、当然の如く戦死者が出た。

「泣き疲れて眠ってるなら、大丈夫。」

彼は任務中に決して涙を見せない。
一個師団を纏める師団長が兵の前で涙を見せるわけにはいかないから。
その分、仕事を終えた後に一人で泣く癖を身につけた。

「随分と理解しているんですね、カーレル?」
「彼の親友だと自負していますから。」

泣き疲れて眠っているのなら心配は無いが、延々と泣き続けている時は性質が悪い。
睡眠も食事も摂らないままに翌日の仕事を始めようとするからだ。
そうなる前にそれを止めるのが私の仕事。
毎度まいど、宥めてすかして何とか彼が落ち着くように誘導するのは骨が折れるが、最近ではそれにも随分慣れた。

「毛布はすぐに見つかったでしょう?」
「…………。」

執務室の戸棚の中に私が置くようにした毛布がある。
きっとイクティノスの事だから、毛布を探してディムロスにかけてやったのだろう。
その証拠に視線を逸らしてばつの悪そうな顔をしている。

「今回は私の仕事はないみたいですね。」
「…………いつも、ああなんですか?」
「そうですね、大体は。」

イクティノスが遠慮がちに尋ねる。
それに端的に答えて、窓の外に目を遣った。
殆ど何も見えない程真っ暗だった。
哨戒中の兵士の為に灯される薄明かりがなければ本当に真っ暗だっただろう。

「誰かが死ぬ度に、彼は人に気付かれないようにして泣いています。」
「そうですか。」
「気付かれないようにしている彼を探すのが私の仕事です。」

この暗闇が時間の所為だけでないことは上空を見遣れば明らかだった。

「貴方にいい友人がいて何よりですよ。」
「ありがとうございます、イクティノス。」

保護者の顔でそう言ったイクティノスに苦笑しながらそう言葉を返す。





この暗闇が続く限り。
彼は涙を隠し続ける。

大切な友人を泣かせ続けるのはあまりにも忍びない。
彼の為に。
大切な人達の為に。
青い空を取り戻したいと思う。

(ああ、でもディムロス越しに青い空を見ても、きっと境目がわからないだろうな。)

そんな事を考えたら、何だか場違いな笑いが零れた。





「カーレル、昨日は済まなかったな。」

昼の休み時間に、わざわざディムロスがやって来てそう言った。
毎回毎回、彼はこうやって毛布の礼を言いに来る。
律儀な奴だと思いながら、彼の様子を観察してみた。
目許は少し赤いが、きっとそこらの輩には分からないだろう。
これなら心配はなさそうだ。

「いや。ディムロス、君に毛布をかけたのはイクティノス少将だよ。」

ディムロスが固まるのが傍目にとても分かりやすくて思わず噴き出した。










イクティノスとカーレルが話してるところを書きたかったのと、ディムロスが兵士を悼んで泣くところを書きたかったのでこんなストーリーになりました。
さて、ディムロスは仕事が終わってからイクティノスにお礼を言いに行くんでしょうか。
性格上ディムロスなら絶対行くんだろうなーとか思うんですが、お互い物凄い気まずいでしょうね^▽^