リオン=マグナス。
眉目秀麗、鎧袖一触、冷酷無比。
そう噂される、弱冠16歳のセインガルド王国客員剣士。
彼は今、恋をしていた。
「スタン、おいスタン!」
苛立ちを含んだ声でスタンを呼ぶ。
「え、何だよ。」
スタンは何かあったのかとでもいうような顔で振り向いた。
そんな表情を見ただけでも顔が熱くなった。
「きっ……貴様はアップルグミを買いに行ったのではなかったのか!」
苦し紛れに怒鳴ってみる。
「え? あー! これオレンジグミだ。店のおばさんが間違えたのかな。」
「ちゃんと確認しなかった貴様のミスだろう。さっさと変えてこい!」
オレ、ちゃんとアップルグミって言った筈だし。と悩むスタンを一喝して再び遣いに出した。
スタンが見えなくなったのを確認してから、深く溜め息を吐いた。
「つ、疲れる……。」
『まさか坊ちゃんに初恋が来るなんて思っていませんでしたよ。いっそ告白したらいいじゃないですか。』
それを見ていたシャルが面白そうに口を挟んだ。
にやにやとした笑みを止めないパートナーに少々苛立つ。
「何を言っている。僕の初恋はマリアンだ。」
『…………はあ、まあ、坊ちゃんがそう言われるんでしたらそれでもいいですけど。』
口を尖らせてそう言うと、シャルは呆れたように言った。
どこまでもおしゃべりな奴だ。
「しかし、シャル。これは本当に……こ、恋だと思うか?」
『…………。』
今度こそシャルは本当に閉口してしまった。
シャルの顔に、何を今更と書いてあるのが見て取れた。
「恋、なんだろうか……。」
今更、先ほどの告白という言葉が耳元にちらついて鼓動が高鳴った。
「しかし、確かに最近スタンが可愛らしく思えて……いや、待てまて。あんなデカイ男に可愛いなどという言葉が似合うものか。そう、可愛いというなら正に清楚で可憐なマリアンにぴったりの言葉じゃないか!」
考えてはみるもののやはりマリアンに辿り着く。
「シャル、僕はやっぱりマリアンが好きなんじゃないんだろうか…………。」
『坊ちゃん落ち着いてください。』
シャルの溜め息が耳に痛い。
「だ、だがどうすればいい!?」
思わず声が裏返りそうになる。
『……スタンにプレゼントを用意してはどうですか。』
少し考えた後、シャルは朗らかな笑みでそう言った。
「そんなこと出来る訳がないだろう!」
僕がスタンに贈り物なんて、周りの連中が一体何と言うだろう。
特に、ルーティなど悶死決定だ。
絶対に奴は笑い死ぬことだろう。
『別にルーティは気にしなくてもいいじゃないですか。それに二人きりの時に渡せば誰にも分かりませんよ。』
「なっ、ルーティなんかを気にしてるわけじゃない!」
しかし二人の時ならば案外渡せるかもしれない。
「だ、だがまあ二人の時にプレゼントを渡すというのはいいかも知れないな。」
『そうですよ、坊ちゃん。そしてそのまま一気に告白です!』
シャルのやつ、なんてことを言うんだろう。
「そ、それは流石に早いだろう……!」
腰が引けた僕に対してシャルは二度目の溜め息を吐いた。
「しかし、プレゼントと言っても何を贈ればいいんだ?」
『そりゃあ、相手の喜ぶものですよ。』
「スタンが喜ぶものなんて分からないぞ。」
食べ物だとか、そういったものならアイツは喜びそうな気がする。
だが、何が好きで何が嫌いかは分からないし、第一情緒の欠片もない。
『んー、じゃあ坊ちゃんがプレゼントしてあげたいものとか。』
「僕が、あげたいもの……か。」
誰かを好きになった事もなければ、人に何かを贈りたいと思った事もそうそうない。
僕は、一体何を贈りたいのだろう。
『じゃあ、例えばマリアンにだったら何を贈りたいですか?』
「マリアンに……。」
マリアンには何度か贈り物をした事がある。
一番初めは十一歳の時。
彼女の誕生日にマーガレットをプレゼントした。
彼女は驚いた顔をして、それから笑って、嬉しそうにマーガレットを受け取ってくれた。
次の年のプレゼントは髪留めだった。
彼女の黒い髪に映える金色のバレッタだ。
止め具が外れて壊れるまで、彼女はそれを愛用してくれた。
一度は、母の日にカーネーションを用意した事もあった。
でも、それは結局渡せなかった。
母の様に慕ってはいたが、彼女は本当の母親ではないのだからそんなものを受け取る筋合いはない。
もし拒絶されたらと思うと怖くて、渡せなかった。
しかし、部屋のゴミ箱に捨てていたそれを彼女は花瓶に生けて飾ってくれた。
僕の意図を汲み取って「ありがとうエミリオ。」と笑ってくれた。
彼女に、贈るなら……。
『坊ちゃんやめときましょうよー。』
「何故だ?」
『……ホントにそれをプレゼントするんですか?』
「何がいけない。」
『……まあ、坊ちゃんがそう言うなら止めませんけど。』
包みを持ったまま、スタンを待つ。
呼び出しておいたからもうすぐ来る筈だ。
「ごめん、リオン。遅くなった。」
「フン、全く馬鹿が。何処までもとろくさい奴だな。」
開口一番そんな台詞しか出てこなかった自分に青褪めた。
「あはは、ごめんって。」
「全く、しょうのない奴だ。」
しかしスタンは気にする風でもなくそう言った。
それにさえ憎まれ口を返してしまう自分がいっそ腹立たしい。
「それにしても、リオンから呼び出すなんて珍しいよな。何、どうかしたの?」
「こっ、これを……。」
こちらへ笑いかけながらスタンが言う。
思わず赤くなってしまった顔を背けながら、何とか包みを渡した。
「え、何これ。」
「貴様に、やる……!」
ぽかんとするスタン。
ああ、そんな顔も可愛いな、なんて。
僕は本当にどうかしている!
「もしかして、プレゼント?」
「もしかしなくたってそうだろう。」
「え、ホントに!?」
「本当だ。」
全く、何故こんな押し問答をしなければならないんだろう。
さっさと受け取ってくれたっていいじゃないか。
「……ありがとう、リオン!!」
スタンは満面の笑みを浮かべると、包みをぎゅっと抱きしめた。
ダメだ、これ以上見ていられない。
胸が張り裂けて死んでしまいそうだ。
「用件はそれだけだ!」
誰にも言わないように念を押して、さっさとその場を立ち去った。
もう限界だった。
『あーあ、渡しちゃった。知りませんよ……。』
「……えっと。」
プレゼントを開けてみたはいいものの、一体何故これをくれたのか。
正直言って、リオンの意図が分からない。
「なあ、これどういう事だと思う。ディムロス?」
『私に聞くな…………。』
一瞬ルーティに相談しようかと思ったが、誰にも言うなと言われていた事を思い出して思い止まる。
「…………奴隷宣言?」
罪人として任務に同行してるからって、幾らなんでも、そんな。
あ、もしくは単なる嫌がらせ、とか。
うわあ、ひょっとしてオレそんなに嫌われてるんだろうか。
そんな自分の考えに地味にショックを受ける。
『難儀な奴だ……。』
ディムロスが溜め息混じりに呟く。
本当に、何故リオンはこれをくれたのだろう。
『しかし、何故よりによってあんな物を……。』
「マリアンに贈りたいものを考えていたら、自然と。」
『だからって……。』
シャルの文句を聞き流して、一口紅茶を飲んだ。
「随分と汚れていたのに、まだ使えるからとマリアンは中々新しいのを買わないから。」
『それはスタンには関係ないでしょうに……。』
「そうか?」
言われてみればそうかもしれない。
だが、頭の中がマリアンの事でいっぱいだったのだから仕方がない。
『絶対、誤解を生んでますよ……。』
シャルが溜め息を吐いた。
それが本日何度目かはもう数え切れないので分からない。
『よりによって、メイド服だなんて。』
リオンの思いは結局伝わらなかったという。
gdgd感たっぷりでお送りしました。
リオンさん、気持ち悪いです^▽^
しかしウチのサイトではコレがデフォである!^▽^