「あー、うっとおしいな。」

赤茶けた長い前髪をかきあげてハロルドが呟く。

「確かに、随分と伸びたな。」

それを正面から掬いあげて、ディムロスが覗き込む。

「切ってやろうか?」
「いらねー。お前には二度と頼まん……。」

ハロルドは、ディムロスに頼んで、ナイフで散髪されそうになった過去がある。

「……本当に散髪は得意なんだぞ。」
「はいはい。」

何でもそれなりに器用にこなすディムロスの事だから、やらせてみたら案外上手いのかもしれない。
そうハロルドは思ったが、如何あれナイフで散髪はされたくない。

「またイクティノスにでも頼むか。」

カーレルでも良かったが、意外に彼はこういう事が下手だった。
何時も鋏に髪をかませてしまって、くしゃくしゃにするのだ。
リトラーは……頼めば喜んでやってくれそうだが、立場的に周りが全力で止める事だろう。
ああ、でも周りの反対なんて押し切ってしまうかも知れない。
そう考えてハロルドは苦笑した。
彼はそれ程までに親ばかという言葉を体現していた。やはりイクティノスが適任だろう。

「そう言えば、何時からだ?」

イクティノスと次に休みが被る日をカレンダーで確認していたハロルドに、ディムロスがポツリと疑問を投げ掛ける。

「へ?」

思わず素っ頓狂な声をあげてしまう。

「何時から、髪を短くするようになったんだ?」
「…………。」

一瞬、言葉を失ってしまった。

「以前は私と同じ位長くなかったか?」
「いや、流石にそんなには長くなかったって。」
「だが、頑なに髪を切ろうとしなかっただろう。」

首を傾げるディムロスに苦笑しながらハロルドは答えた。
確かに昔、ハロルドの髪は長かった。
肩口を過ぎる辺りまで伸びた髪を後ろで一つに束ねて、前髪は鼻にかかるまで伸ばしていた。

「視線が痛かったからなー。」
「……視線?」

怪訝そうな顔をするディムロスにニヤリと悪戯っぽくハロルドが微笑む。

「ナイショー。」
「……からかってるのか?」
「さあ?」
「…………お前に言う気が無いならこれ以上は聞かん。」

拗ねたように言うディムロスに再び苦笑を零しながら、ハロルドはカレンダーに目を通しはじめた。
ディムロスにはこんな話は聞かせられないのだから、何とか誤魔化せて良かったと思った。





昔から軍の敷地内で育った。
とはいえ子供がうろつけるのは限られたスペースだけで、その専らがリトラーかイクティノスの部屋だったのだが。
しかし、彼らの事を良く思わない軍人と出会う事も度々あった。
その度に謂われのない中傷や理不尽な暴力を受けてきた。
比例して臆病な子供に育っていった。
彼らの部屋から碌に出歩かなくなった。
人々の視線を避けるようになった。
髪を伸ばしたのはごく単純な理由で、長い前髪で壁を作れば他人と視線を合わせずに済むからだ。
おかげで目が少し悪くなったが、殴られる事に比べたらどうという事は無かった。

士官学校に入ってからも髪は伸ばし続けた。
リトラーの息子という事が噂になっていて面倒くさかった事もあるが、他人と関わりを持つのが嫌だったから。

でも。

ディムロスと会って変わった。

髪を切った理由なんて決まりきっている。
初めて、人を怖く無いと思えたから。
初めて、閉ざされた空間以外を見てみたいと思ったから。
初めて、他人を好きだと思えたから。

それなのに……。





「なんっで、わっかんないかなー。」

本人が此処まで無自覚なのは困ったものだ。
いっそ清々しくもある。

「どうかしたか?」
「いや、こっちの話。イクティノスと休み中々合わねーなー、ってさ。」

カレンダーを捲っていた手を勢いよく離す。
捲られていた紙片がバラバラと音を立てて元の位置に戻る。

「切ってやろうか?」
「…………しゃーねー。頼むわ。」

暫く悩んだ末に妥協する。
ディムロスは少し機嫌が良さそうだった。
何でそんな嬉しそうなんだよ、くそっ可愛いな。
だとかそんな事を考えながらハロルドは呟いた。

「でも、ナイフでするのは勘弁な。」










ウチのサイトのハロルドさんは若干対人恐怖症で、人間不信です。
でも、カーレルさんはハロルド以上に他人が嫌いです^▽^
表面上は取り繕ってるけども。