ピエール=ド=シャルティエ少尉。
今期、士官学校を卒業。
少尉官として任官される。
勉学面においての成績は比較的優秀、もともとの才気というよりは努力している様が伺える。
武術面においての成績は並、一通りの訓練はこなせるがいま一つ真剣に打ち込めていない。
気が弱く、心優しい青年でよく動物を拾ってきては教官から叱られていたらしい。
その消極的な性格は同期の者からもからかわれる程である。



シャルティエについて纏められた資料に目を通して、ディムロスは溜め息を吐いた。
資料を見ていると何処にでもいる、少し気の弱い、しかし真面目な仕官の一人にしか見えない。
このシャルティエが、手に負えないという事で相談を受けたのだ。
どう手に負えないのか、相談者であるシャルティエの上官を問い詰めたのだが上官は何も言わなかった。
相談に乗ろうにもこれでは解決のしようがない。

「そんなに問題があるのか?」
「いえ、問題があるというか……。」
「では、何だというのだ?」
「それは…………。」

口篭もるシャルティエの上官に、ディムロスは小さく溜め息を零した。
彼はシャルティエの所属する隊の小隊長なのだそうだ。

「師団長っ! ……わ、私には指揮をしていく自信がないのです!」
「では、部隊の配置を変えるように申請すればいい。」
「それは、そうなのですが……。」

いまいち要領を得ない小隊長の言に、このシャルティエという青年が一体どう扱い辛いというのかディムロスは興味が湧いた。
そこで、一計閃いた。

「そうか。では私が預かろう。」
「…………え。」

小隊長は驚いて声も出ないらしく呆然と立ち尽くしている。
それも当然と言えば当然だ。
士官学校を卒業したばかりの兵士を第一師団の師団長が引き抜くなど、本来ならばありえない話だ。

「……そ、そんな。どうなさるおつもりですか。」
「そうだな、丁度私の副官の椅子が空いている。彼にはそこに入ってもらえばいい。」

丁度、という言葉は今回に限れば正しくない。
何故ならそこはずっと空位で、仕事を他人に任せる事を好まないディムロスが今まで副官を採用しようとしなかったからだ。
どうせシャルティエに仕事を任せなくとも今まで通りに事は済むのだから、何の損害も起きないだろうと考えての事だ。
散々上層部から副官をつけろと小言を受けているのも原因の一端だろう。
これで小言が減れば一石二鳥だ、などとディムロスは考えていた。

「無茶ですよ……。」
「無茶でも構わん。どうせ私は核弾頭だ。」

多少の無茶はいつもの事だ。
何も考えていない風を装ってそう言いながら、ディムロスは薄く微笑んだ。





ディムロスが廊下を歩いていると、ふいにハロルドに声をかけられた。

「よお、ディムロス! 何か面白い事しよーとしてるって?」
「ベルセリオス少佐……今は職務中だ。」
「あーはいはい、っと。ティンバー中将何か面白い事しようとしてるみたいですね?」

顔を顰めて注意するディムロスに、ハロルドがぺろりと舌を出す。
一体何処からそんな情報を仕入れてきたんだか、と溜め息を吐いてディムロスは答えた。

「一人、面白そうなのを見つけてな。副官に迎えようかと思っているんだ。」
「へえ、そりゃ凄い。上にあれだけ言われても副官を取ろうとしなかったティンバー中将が。」
「いいんだ。どうせ大した仕事を任せるつもりはない。」
「それはそれは、そいつも可哀想に。」

小気味いいと言わんばかりの笑顔でハロルドは呟いた。

「軽口はそれくらいにして貰おうかベルセリオス少佐。」
「はいはいはい、職務中でしたね……っと。」

ディムロスに窘められて、ハロルドが苦笑気味に溜め息を零した。

「じゃあ、自分は仕事があるんでこれで失礼します!」
「ああ。」

ディムロスがそう返すと、ハロルドはくるりと踵を返してそのままその場を立ち去った。
それを見送って、ディムロスは自らの執務室へと向かった。
今日、これからそのシャルティエと面通しをする事になっていたからだ。

「さて……。」

部屋に入ってもう一度、シャルティエの資料に目を通す。
何処をとっても至って普通で、特に問題があるようには見受けられなかった。

「一体どんな問題があるというのだ。」

そう呟いた時、扉をノックする音が執務室に響いた。

「名前、階級、用件を述べろ。」
「ピエール=ド=シャルティエ、OF1、御用があると伺いましたのでやって参りました。」

約束の時間の五分前。
どうやら律儀な性格らしい。

「よかろう、入れ。」
「はっ。」

丁寧な仕草で扉を開けたのは銀髪の青年……まだ少年と呼んでも差し支えの無いような人物だった。
士官学校を今年卒業したというのだから、年齢は恐らく十八歳だろう。
備考欄にばかり目を取られて読み飛ばしていたのだろう。
もう一度資料を見返すと、確かに十八年前の日付が生年月日として記されていた。

「ピエール=ド=シャルティエ少尉、参上仕りました。」
「うむ。」

姿勢を正して敬礼をする姿は、何処かぎこちなく、軍に入って間もないという事をディムロスに知らしめた。

「早速だが、話は聞いているな?」
「……中将閣下が、私を副官にと仰っていると。」
「その通りだ。」

緊張気味の面持ちでシャルティエは呟く。

「あの……、失礼を承知で申し上げます。」
「言ってみろ。」
「はい。その、僕……いえ、私では中将閣下の副官なんて務まりません! 士官学校を出たてのひよっこです!」
「構わん。」

懸命に副官への就任を断ろうとするシャルティエを、ディムロスはそうあっさりと切り捨てた。

「え。」
「もともと大した仕事を任せるつもりはない。」
「…………。」

絶句するシャルティエに、ディムロスは続けた。

「後から話が違うと言われても困るから先に話しておくが、元々私は他人に仕事を任せる事を好まない。」
「……存じております。」
「ならば話が早い。」

自分が副官を取りたがらないという事が噂になっているのはディムロスも知っていた。
士官学校を卒業仕立ての一般仕官にまで知れ渡っているというのには流石に少し驚いたが。

「…………押し付けられましたか。」
「何?」
「私の上官に、押し付けられましたか。」

皮肉の入り混じった声でシャルティエが呟く。
どうやら当人も理解しているらしい。

「扱い辛いらしいんですよね。」
「なるほど、ますます話が早い。」
「…………っ!」

ディムロスがそう返すとシャルティエは言葉に詰まった。
恐らくは無礼な態度で怒らせて、副官就任を相手から断らせようという腹だろう。
備考にはそれなりに頭がいいと記されていたが、勉学だけではなくこういう方面の方が向いているかもしれないとディムロスは思った。

「そういう思考は嫌いではない。だが、私に通用するとは思わない事だな。」
「…………失礼、致しました。」

シャルティエが俯く。
生憎とディムロスの周りにはこういう駆け引きに慣れた手練が多かった。
必然的に言葉の裏を読む事になってくる為、ディムロスもこの手の駆け引きを覚える羽目になったのだった。

「で、一体どんな問題を起こしたのだ。」
「えっと、問題、といいますか……。」

シャルティエは語尾を濁して呟いた。
ディムロスが小さく頷いて返す。

「言えないような事をしでかしたのか?」
「そ、それは……。」

黙って答えないシャルティエに、ディムロスは小さく溜め息を零した。

「まあ、いい。」
「済みません……。」

追々に分かってくるだろうと思ったディムロスはそこで話を打ち切った。

「とにかく、私の副官について貰う。異存は認めん。」
「…………分かりました。謹んで拝命致します。」

諦めたのか、シャルティエはそういいながら敬礼を返した。
ディムロスは、任命の書類をシャルティエに手渡して言った。

「では、明日から君の職場はここだ。業務開始時刻の10分前には来る様に。」
「かしこまりました。」
「下がっていい。」

シャルティエの返事を聞いたディムロスが退出を命じると、彼は再び敬礼をして部屋を出て行った。

「さて、どんな結果になるものやら。」

小さく独りごちてファイルを閉じる。

「楽しみだな。」

ディムロスはただ静かに微笑んだ。





「ああ、もう! 何でこうなったんだろう!」

自室に戻ったシャルティエは悔しそうに歯噛みして言った。

「仕事を任せる気も無いのに副官に任命だなんてどうかしてるよ!」

地上軍第一師団師団長にしてユンカース隊の隊長。
そんな人間の副官として働くなど、士官学校を卒業したての自分に勤まるものではない。
上手くやっていく自信なんてこれっぽっちもない。

「もう! 無理無理無理無理! ほんっと無理!」

二つ年上のディムロスは、士官学校時代からのシャルティエの憧れだった。
勉学の成績は常に優秀で、武芸においては当時から士官学校の教師を凌いでいた。
それでいて驕った素振りは無く、誰においても平等に接する。

「それが、あんな人だったなんて……!」

悔しくて悔しくて仕方がなかった。
ディムロスの態度もそうだったが、何よりそんな人間に憧れていたという事実が悔しかった。

「もう、最悪だ……。」

その日の日記はどうしようもなく取り留めの無い事ばかりで、ディムロスの悪口にもならないような中途半端な事柄が書き綴られていた。





「おはようございます。」
「ああ、おはよう。」

定刻に向かうとそこにはもうディムロスがいた。
噂通り随分と真面目な事だ、とシャルティエは嫌に斜に構えた見方で考えた。

「で、私は一体何をすればいいですか?」
「待機していろ。」
「…………。」
「任せられそうな用が出来たらこちらから声をかける。」
「……了解しました。」

最初からこれか。
シャルティエは苛立ちを隠そうともせず、部屋の脇にある質素な椅子に腰掛けた。
何もする事がないというのはとても退屈だ。
明日からは何か暇を潰す物を持ってこなければいけないな、とシャルティエは思った。

何とはなしにディムロスに目を向ける。
他にする事が見つからないからだ。
薄い緑を湛えたその目は、休み無く動いて書類の文字を追っている。
手は時々何か文字を綴っていたけれど、何を書いているのかまでは分からなかった。
偶に、ちょっと悩んだような顔をして視線が止まる。
そして少し前に戻って読み返す。
納得したのか手許が少し動く。
大体それの繰り返し。
休む事は一度も無かった。

暫くはディムロスの観察を続けていたが、余りにも同じ事の繰り返しなので直ぐに見飽きて、暇になってしまった。
やる事が無くなれば眠気に拍車がかかるもので。
ついつい目蓋が下がろうとするのをシャルティエは必死に堪えていた。
そんな時。

「ついて来い。」
「え、あ、はい!」

何時の間にやら書類の整理を終えたディムロスが立ち上がってそう声を掛けた。
眠りかけていたシャルティエは思わず飛び上がりそうになったが、何とか体裁だけは取り繕ってその後を追った。

「どちらに向かわれるのですか。」
「軍事演習場だ。部下達の訓練を見に行く予定になっている。」

予定が決まっているのなら教えておいてくれてもいいのに。
シャルティエはそう思ったが、どうせ口に出しても無駄なのだろうと考え、黙っている事にした。

「様子はどうだ。」

ディムロスが中に入ろうとするのを見て、先回りをして扉を開ける。
流石にそれ位はしなければならないかと思ったのだが、ディムロスは特に気にする風ではなかった。

「ティンバー隊長!」

ディムロスに声をかけられて、中に居た兵士の一人が居住まいを正して敬礼をする。
周りに居た者たちも各々に気付き始めたらしく、倣って敬礼をした。
その様だけで、ディムロスがどれだけ兵士達の人望と信頼を集めているか、シャルティエにはよく分かってしまった。

「ああ、気にせずそのまま訓練を続けろ。」
「はっ!」

ディムロスの言葉に士気を高めた兵達が再び訓練を開始する。
訓練を終えて一息吐いた者はチラチラとシャルティエの顔を伺っていた。
当然と言えば当然の反応である。
ディムロスが人を連れて歩くなど滅多に無い事と言っていい。

「あの。隊長、そちらの方は……?」

兵の一人が遠慮がちに尋ねた。
しかし、皆の代表としての意見だったようで、他の者達からの視線が一気に集まるのが分かった。

「ああ、昨日付けで任官された私の副官だ。」
「そ、そうでしたか。」
「気が散るようならば下がらせるが。」
「いえ、滅相もありません。失礼致しました!」

ディムロスが副官を付けた?
そんな馬鹿なという視線がシャルティエに突き刺さる。
正直言うなら下がらせて貰った方がありがたいとシャルティエは思った。

その日は結局軍事演習場で兵達の訓練を見た後、会議に行って来るから待機していろと言ってディムロスは執務室を空けてしまった。
シャルティエは何もする事がないまま、ディムロスの帰りを待つ事にした。
しかし、会議が長引いているのかディムロスは終業時刻になっても帰ってこなかった。
副官としては待っているべきなのだろうが、どうせ残っていても自分のやる事などないだろうと思いシャルティエはさっさと自室へ帰る事にした。
それに、もし残って待っていても、会った瞬間即座に帰れと言われたら癪だと思ったからだ。
結局その日の仕事と言えば、先に立って扉を開けた事だけだった。
それ以外に何も書く気がしなかった為、その一文のみでその日の日記は締め括られた。





翌日。

「おはようございます。」
「ああ、おはよう。」

定刻通りに行くとやはりそこにはディムロスがいた。

「私は一体何をすればいいですか?」
「待機していろ。」
「了解しました。」

昨日と全く同じ問い掛け、全く同じ返答。
何か違う事があるとすれば、シャルティエの中のああ、やっぱりという気持ちだけだった。
溜め息を吐いて、手持ち無沙汰を埋めようと、小説を取り出そうかと思った所でディムロスの声が掛かった。

「暇なのならば、そこの戸棚の中の本でも読むといい。」

示された戸棚を見ると、そこには軍事関係の本がずらりと並んでいた。
読もうと思っていた対象が、気になっている小説から軍事書に変わった事で随分と気持ちが萎えたが、そんな事を言われた直後に小説を読む訳にもいかない。
昨日言ってくれれば良かったのに、とシャルティエは気付かれないように小さく溜め息を零しながら思った。
取り敢えず読みやすそうな所から手に取って、椅子に腰掛ける。
あの戸棚に並ぶ本の中では読みやすそうだと思ったが、それでもシャルティエには幾分難解で、時間を掛けて漸く理解できる程度だった。
ディムロスは、今日は一日中書類と格闘していた。
一方、シャルティエは今日は一日を掛けて一冊と半分軍事書を読み進めていた。
仕事らしい仕事は何も出来なかった。





部屋に戻ってベッドの上に体を沈めると、シャルティエは溜め息を吐いた。
仕事が無いのが不満、というのは人から見れば随分と贅沢な話なのだろうと思う。
何もしなくても給料が支払われるのだから、他人に相談すれば自慢話かと反感を買うだけだという事も分かっていた。

「でもなあ……。」

そういう事に限って、本人にとっては意外と悩ましい出来事なのである。
その言い分を理解してくれそうな人を一人知っていたが、その人に相談に行く訳にもいかなかった。
何故ならその人は無理をしてシャルティエを士官学校に行かせてくれた恩人で、彼女にその費用を返そうと懸命に働いていたのだから。

「医務室に行けばいるんだろうけど……。」

世間体的に見れば姉という言葉が妥当なのだろう。
しかし彼女はシャルティエにとってはずっと兄のような存在だった。

「アトワイトには迷惑掛けたくないなあ……。」

寝返りをうちながら呟く。
その日はそのまま眠ってしまった為、日記は書けなかった。





「おはようございます。」
「ああ、おはよう。」

その日もその言葉から始まった。

「私は一体何をすればいいですか?」
「待機していろ。」
「了解しました。」

この掛け合いも習慣化してきつつある。
何とも言えない気持ちになりながら、昨日の続きを手に取った。
残りは僅かだった為、早々にその本は読み終えて二冊目に手を伸ばす。
本は更に難解になったが、何とか読み解く事が出来た。
二冊目も読み終わりに差し掛かった頃、ディムロスが急に腰を上げた。

「出かけられるのですか?」
「ああ。」

本を閉じてシャルティエが尋ねる。
ディムロスも短くそれに答えた。
ついて来いと言われないという事は、またこの部屋で待機しろという事なのだろう。
シャルティエは黙って立ち上がるとディムロスを送り出す為に扉を開けた。
ディムロスは黙ったまま少しだけシャルティエを見据えると、そのまま出て行った。
視線の意図を量り損ねて、シャルティエは首を傾げた。
しかし結局その意味する所には辿り着けなかった為、再び本を手に取った。
その本もあっと言う間に読み終えてしまった。
本を戸棚に直すが、流石に次の本を読み進める事は出来なかった。
椅子に背面で腰掛けてシャルティエは天井を見上げた。

「平和だなあ。」

別に戦が好きな訳ではない。
と、いうか寧ろ出来る事ならば戦には出たくない。
そういう意味では今のこの状況は好ましいとは言えなくもない。

「平和、なんだよなあ。」

ディムロスの副官という立場上、戦場には共について出なければならないだろうが、少なからず自分にその立場に対する責任が付きまとう事はない様に思われた。
ディムロスならば、もし自らが死んでもその後を任せる人間を既に決めているだろう。
そしてそれがシャルティエでない事は明白だった。

「あ、時間。」

とにかく今日は帰る事にした。





その日は久しぶりに長い日記を書いた。
主に書いたのは今日読んだ本の内容についてだったけれど、ここ数日の日記よりは幾分かマシなように思えた。

戦に出たくない。

そう最後の一文に続けて書いて、慌てて消した。
そんな事を考えるようになったのは、ここ最近の事だった。
いや、正確には最初に戦に出てからだ。
それまでは両親や姉の敵である天上兵と戦う事ばかりを考えていたと思う。
怖くなった。
つまりはそういう事なのだろう、けれど、決してそれを認めてはいけないと思った。

「僕を守ってくれた姉さんの為にも、敵を討たなきゃ……。」

それは切実な、シャルティエにとっての生きる理由。

「戦に……。」

ディムロスに伴ってシャルティエが戦場に向かう事になるのは、その十日後の事だった。





「怖いのか。」
「……そんな事ありませんよ。」

ディムロスに声を掛けられて、何とか答えを返す。
正直、こんなに早く出陣する羽目になるとは思っていなかった。
鎧に身を固めていても、心が揺らぐ。
怖い。
怖い。
物凄く怖い。

「そうか、ならば行くぞ。」
「はい…………!」

ディムロスの鬨の声と共に、第一師団の一万人の兵士が動く。
堰を切ったように流れ出す人、その先頭に立つのは勿論、青い髪の核弾頭。
その向こう側に見える、天上兵。

シャルティエの中でパキリと乾いた音を立てて何かが割れた。





ディムロスは驚きに目を見開いた。
先ほどまで横で震えていたシャルティエが、今や隣で堂々と剣を振るっているのだから。
その動きは俊敏で無駄がなく、その刃先は的確に相手の喉元に喰らいついた。
一閃。
煌いた刃に血飛沫が舞い上がる。
正面から血を浴びたシャルティエが薄く微笑む。
酷薄な笑みを浮かべて、そのまま次の獲物に襲い掛かる。
圧倒的な力で命を奪い取るその様は、正に狩りと呼ぶのに相応しいものだった。

「なるほどな……。」

シャルティエを扱えないと言った理由がよく分かった。
止める手段を持ち得ない者には、とてもではないが扱いきれない。
自らが狩られたくなければ下がっているしかない。
もっともこれは……。

「狩られる側の意見だがな!」

ディムロスも、そのまま刀を横振りにして辺りの敵を薙ぎ払った。
そのまま倒れていく敵を踏み越えて、更に二、三人切った。
ディムロスの腕力に遠心力を加えて振り切ったのだ。
そう簡単に立ち上がる事は出来ない。
先陣を切って突き進むディムロスに後続の兵が続く。
圧倒的な不利を跳ね返しての数々の勝利は、偏に兵達の士気が高かった為と言っても過言ではない。
そしてその中心にいるのはいつもディムロスなのだ。

「シャルティエ! 右翼に展開している兵を仕留めろ!!」

ディムロスが叫ぶが、シャルティエはまるで聞こえていない様だった。
ただただ楽しそうに敵兵の命を奪っていくシャルティエ。
血糊の為に切れ味が悪くなった剣で、それでも相手の骨を叩き折る様にして、次々と始末していく。
正直、狂っているとさえ思った。
それほどまでにシャルティエの変貌振りは凄まじかった。
敵と味方の判別がぎりぎりの所でついているのが唯一の救いだった。
敵味方の区別もなく切りかかられたら溜まったものではない。
シャルティエを止めるだけで一苦労だ。
その隙に敵兵に畳み掛けられてしまう事だろう。

「もういい、暫く好きにしていろ!」

シャルティエを正気に戻すより、先に自分が右翼を叩く方が早いと判断してディムロスは飛び出した。
敵味方の区別がかろうじてついているのだから、暫く放って置いても問題はないと判断しての事だ。
ディムロスの後に続く兵達も伴って、右翼の敵はあっと言う間に片付けられた。
同じように他の敵部隊にも手痛い打撃が与えられた。
分が悪いと判断したのかそれぞれに撤退しようとする天上兵達。
そして、それを追おうとするシャルティエ。

「まて、深追いするな!」

それを食い止めるようにシャルティエの正面に回り込む。
邪魔に入った事が原因なのか、シャルティエの切っ先がこちらを向いた。
そのまま切り掛かってくるシャルティエの刃を受け止めて、左へ受け流す。
シャルティエが体制を崩した隙に、その剣を遠くへ蹴り飛ばす。
肘ごと蹴る事になってしまったのはやむを得ないとディムロスは思った。

「おい、シャルティエ!」

呼び掛けると、そのままへたり込んだシャルティエが真っ青な顔でディムロスの腰に縋りついた。
グローブ越しのその指先は恐怖に震えている。

「ああ、また、僕は……。」

やってしまった。
そう言い切る前にシャルティエは意識を失ってその場にくず折れた。





何とか意識を取り戻したシャルティエを連れて、医務室へと向かった。
倒れた事もそうだが、先ほど蹴った肘の辺りが痣になっていると思ったからだ。
共に同行したのは、シャルティエが医務室へ向かうのを渋るからだった。

「失礼する。」
「あら、どうしました?」

そう言って振り返るアトワイトの目に、ディムロスと無理矢理引き摺られて来たといった様子のシャルティエが写る。

「ディムロス!? それに……シャル!?」
「何だ、知り合いだったのか。」
「ええ、まあ。ちょっと……。」

口ごもるシャルティエを差し出して、アトワイトに預ける。
シャルティエは気まずそうな顔でアトワイトに向かって微笑んだ。

「それと、現在は職務中だ。エックス中佐。」
「あ、あら、ごめんなさい。ティンバー中将。」

一つ、咳払いをしてディムロスが嗜める。
アトワイトは視線を逸らしながら謝罪した。

「あれ、アトワイト……知り合い?」

と、いうよりこの微妙な空気は……。

「私の、恋人。」
「え、嘘!?」
「本当よ。」
「……二人とも、職務中だと言っているだろう。」
「え、あ、すみません。」
「ごめんなさい……。」

アトワイトが照れ臭そうに咳払いをして、話を続けた。

「で、何故ディム……ティンバー中将とシャルティエ少尉が一緒にいらしたのか伺ってもよろしいかしら。」
「彼は半月ほど前に私の副官になった。この度の戦線で負傷したにも関わらず治療を受けようとしないので私が連れてきた。」
「そうだったの!?」
「いや、そうなんだよね。実は……。」

シャルティエも咳払いをして、そう答えた。
別に意味はなかったが、周りの二人が立て続けに咳払いをするものだから、何だか喉の辺りが気持ち悪くなってきたような気がしたのだ。

「私は寧ろ貴官らが知り合いだった事に驚いたが……。」
「あ、えっと僕のあに……いえ、姉です。」
「…………何故間違える。というか、姉弟だったのか?」
「いいえ、私の父が軍医でしたので度々孤児院に預けられて育ったんです。シャルティエ少尉も孤児院の育ちですから。」
「なるほど、そういう事か。」

納得したのか小さく頷きながらディムロスが呟く。

「とにかく、手当てを頼んでもいいかな……。実は、結構痛いんだよね。」
「ええ、そうね。腕を出して頂戴。」

シャルティエはディムロスを気遣ってチラリとそちらを見たが、そんな事は全く意に介していない様だった。
そのままアトワイトに袖を捲られて、肘が曝け出される。
青紫色に変色した皮膚が腫れていてグロテスクな様相を呈していた。

「ひ、どい……どうしてこんなになるまで放っておいたの!」
「すまない、私が蹴ったのだ。」
「どういう事!?」

アトワイトがディムロスを睨みつける。
上官に対してでさえそんな態度を取れる事は凄いと思うが、ここはそういう場面ではないとシャルティエは思った。
というか寧ろ中将はそんな事言う必要性は無かったのに、とシャルティエは溜め息を堪えながら考えた。

「アトワイト、これは僕が悪いんだよ。うっかり命令に違反してしまってさ。」

事実に反している訳ではないが、うっかりで命令違反だなんてそんな軍隊はごめんだと思いつつ、その場を取り繕う為にそうアトワイトに告げた。

「そう。そうなの……済みませんでした、ティンバー中将。」
「いや、私がやった事には変わりがない。」
「僕が悪かったんですって……あーもー、この話ここまでにしましょうよ。」

そのままアトワイトの手当てを受ける。
薬と包帯が巻かれた腕を、二、三度曲げ伸ばしすると、包帯が伸び縮みして少しの違和感を感じた。

「さあ、中将も。」
「何の事だ。」

そのまま退室しようとするディムロスにアトワイトが告げる。

「シラを切ろうとしても無駄ですよ。怪我、してらっしゃるでしょう?」
「…………。」

アトワイトの鋭い眼光に、ディムロスは渋々上着を脱いだ。
その体は思っていたよりも意外に細身で、戦場で見た姿より随分小さいように見えた。
ディムロスと自分は、二つしか年が違わないという事を、シャルティエは今更ながらに実感した。
いや、それでもシャルティエよりは逞しいのだが。
その傷痕だらけの体の、肩口に新しい打撲があるのが見て取れる。

「これなら湿布でいいですね。」
「…………。」

黙ったまま手当てを受けるディムロスを、奇妙なものを見る目つきでシャルティエは見ていた。
あのディムロスが大人しく従うあたり、恋人というのは本当の話らしい。

「はい、お大事に。」

そのアトワイトの言葉と、笑顔に見送られて退室する。
今は勤務時間内である為、戻る先は当然ディムロスの執務室なのだが。





「…………。」
「お前の事を、手に負えないと言っていた意味が漸く理解できた。」

執務室に戻るなり、ディムロスが口を開いた。

「今度は、大丈夫かもしれないと……思ったんです。」
「そして、駄目だったと。」

前回もそうだったと暗に示すシャルティエに溜め息を零す。
シャルティエは悔しそうに下唇を噛んだ。

「中将に止めて頂かなければ、僕はまた仲間を傷つける所でした。」

以前にも誰かに切り掛かった事があったのかと少し驚いたが、恐らくは小隊長が摩擦を恐れて揉み消したのだろうと思った。

「ありがとう、ございました……。」

深々と頭を下げるシャルティエを、ディムロスは少し思案顔で見つめて、それからこう言った。

「ゆっくり休めるように明日の出勤は2時間ずらそう。」
「中将!?」

シャルティエが驚きの声をあげる。

「何故僕を副官から外そうとなさらないんですか。おかしいですよ!」
「異論は認めないと最初に言った筈だが?」

シャルティエを見る事もなくそう言い捨てて、ディムロスは書類の整理を始めた。
何か言ってやろうかとも思ったが、何も言葉が浮かばなくて、ただ意味もなく口を開閉させるに留まった。
シャルティエは悔しそうに顔を俯けると、失礼しますと言い置いてそのまま執務室を出た。
丁度執務時間を終えた所だったので、文句を言われない事は分かっていたからだ。

「あれ、お前……。」

部屋を出た所で声を掛けられた。
赤い髪に白衣を靡かせて、口元には……タバコ?
私室ならばともかく軍内の廊下で、何とも非常識な人だと思いながら返事を返した。

「はい、なんでしょうか。」
「あーもしかして、お前。ディムロスの言ってた副官か。」
「……はい。そうですが?」

唐突な質問に首を傾げてしまう。
するとその人物は面白い物を見つけたという顔で、嬉しそうに笑った。

「ははっ、やっぱりそうかー。」
「え、っと……どちら様ですか?」

随分と親しげなその態度に尋ねると、その人はタバコの煙を細長く吐き出して呟いた。

「知らない? ハロルド=ベルセリオスっていうんだけど。」

ハロルド=ベルセリオス……。

「って、え!? あ、あのハロルド博士ですか!?」
「アノでもソノでもいいけどな。」

天才軍師カーレル=ベルセリオスと、その弟天才科学者ハロルド=ベルセリオスといえば地上軍の名物双子と呼ばれる程だ。
知らない訳がない。

「し、失礼しました!」

慌てて敬礼する。
するとハロルドはいかにも面倒くさそうに頭をかいた。

「いやー、オレそういう面倒なの嫌いなんだわ。」
「え、でも……。」
「まあまあ、いいから。珈琲でも飲もうぜ。」

唐突にお茶に誘われて、そのまま返事も聞かずにずるずると引っ張られてしまった。

「率直に言おう。ディムロスの副官やって、どうだ?」

珈琲を自分とシャルティエの目の前に置くなり、ハロルドはそう切り出した。

「え、はあ……どう、と言いますと?」
「やりにくくないか?」

にやにやと、からかうかの様にハロルドが言う。

「それは、その……。」

こんな所で上官の不満なんて、言える訳がない。
大体ベルセリオス兄弟とディムロスは仲が良かった筈だと思った。
仕官学校時代にも、よく三人でつるんでいる所を見かけた。
さっき声を掛けられた時、一瞬ハロルドの事が分からなかったのは、恐らくタバコの所為だと思う。
あの頃のハロルドのイメージでは、とてもタバコなんて吸いそうになかったからだ。

「あ、別に正直に言って構わないぞ。ディムロスに言ってやろうとかそんなんじゃねーし。つーか、ディムロスはそんな事気にしないしな。」
「はあ……。」

シャルティエは小さく溜め息を吐いてから、徐に口を開いた。

「自分は、ティンバー中将に憧れていました。」
「ほう。」
「でも、何かイメージと違うなって思って……ちょっと、ビックリしたって言うか……。」
「幻滅した、と。」
「いえ、そんな事は……!」

ない、とは断言できなかった。
シャルティエはそのまま俯いてしまう。

「……何も仕事を任せる気がないのに副官に任命してみたりとか、その日何をするかも教えて貰えなかったり、あげくに暇なら本でも読んでろって。」
「なるほど。」
「士官学校にいた頃からずっと憧れていたのに……。」

その言葉にハロルドが顔を顰める。

「……ちょっと待て、お前幾つだ?」
「え、じゅ、18です……。」
「18!?」
「はい……。」
「士官学校、出立てじゃねーか!!」

ハロルドは少し唸って煙を吸い込むと、天井を見上げた。

「なるほど、そりゃ周りの風当たりもきついわな……。」
「そうなんです……。」

煙を吐き出して笑うハロルド。
実際周りからのシャルティエに対する風当たりは強かった。
幸い、親しかった同室の人間は同情的な顔をしてくれているが、その他の連中には嫌味な言葉を吐かれる事もしばしばだった。

「……あー、何となく分かった。」
「何がです?」
「いや、こっちの話だから。」
「はあ……。」

シャルティエが引き下がると、ハロルドは自らの珈琲を飲み干して立ち上がった。

「まあ、ディムロスはお前の事気に入ってるみたいだし。頑張れよ。」
「ど、どうしてそんな事が言えるんです!?」
「どうしてって言うか……。」

少し思案顔のハロルドをシャルティエがじっと見つめる。

「じゃあ、ヒント。椅子。」
「椅子……?」
「そうそう、だからどんな奴か気になって見に来たんだよなー。」
「……意味が分かりませんが。」
「バカだなー、お前。まあ、その内分かるかもしれないし、考えてみろよ。」

笑うハロルドに、シャルティエは不満そうな顔で押し黙る。

「じゃあな。」

ハロルドはひらひらと手を振ると、タバコをふかしながら去って行った。





コンコン、とノックの音がディムロスの執務室に響いた。

「氏名、階級、用件を。」
「アトワイト=エックス、OF4、お話があって参りました。」
「君か、入ってくれ。」

その言葉にアトワイトが扉を開ける。
ディムロスは書棚の整理をしている所だった。

「遅くまでお疲れ様ね、ディムロス。」
「いや、丁度仕事は終えた所だよ。」

職務中のディムロスと、そうでない時のディムロスは落差が激しい。
アトワイトはにこりと微笑んで、傍のソファに腰掛けた。

「シャルの事だけど……。」
「ああ、済まなかった……。」

申し訳なさそうに眉尻を下げるディムロスにアトワイトは苦笑する。
何故こんなにも違うのだろう。

「馬鹿ね。怒っている訳じゃないわ。」
「いや、だが……。」
「何か訳があったんでしょう? 貴方があの子を大切にしてくれているのは分かったもの。」
「な……。」

ディムロスが言葉に詰まる。
アトワイトは不適に微笑んで言った。

「あら、今だってシャルの為にわざわざ本を並び替えているんでしょ?」

ディムロスが抱えていた本が、腕の隙間からばさばさと落下した。

「な、何故それを……。」
「貴方が本の並び替えをしている所なんて今まで見た事ないもの。」

面白い物を見たと言わんばかりの顔で、アトワイトがくすくすと笑った。

「こっちはあの子が読み終わった本?」

足元の本を拾い上げてアトワイトが呟く。

「…………こっちだ。」

自らが持っていた方の本を示して、ディムロスが憮然に返す。

「わざわざ毎日こんな事をしていたの?」
「…………。」

ディムロスが黙り込む。
それはつまり図星という事なのだろう。

「ありがとう、ディムロス。」
「…………いや、私は上官として部下の為に動いただけだ。」
「そう。でも、ありがとう。」

アトワイトが顔いっぱいに微笑みを湛えて、本を差し出す。
ディムロスは微妙に納得がいかないような顔でその本を受け取った。





自室に戻って、シャルティエは机に掛けた。

「椅子、か……。」

自分の掛けた椅子を見てぼんやりと考える。
一体どういう意味だろうか。
まさかとは思うが、ただからかう為だけに言った訳ではあるまい。

「椅子、いすいすいす。」

繰り返してみても意味が分からない。
仕方が無いので、それは一先ず思考の脇に置いておいて、今日の日記を書く事にした。
今日は書く事が沢山ありすぎて、何から書けばいいのか迷う位だった。





「おはようございます。」
「ああ、おはよう。」

その日もやはりその言葉から始まった。
いつもより、二時間遅い挨拶。

「私は一体何をすればいいですか?」
「待機していろ。」
「了解しました。」

この掛け合いはきっちりと習慣になってしまった。
今更変えようとも思わないけれど、とシャルティエは溜め息を零した。

「えっと……。」

先日、本を読み終えた所で読書をやめたので今日は新しい本を選ぶ。
棚の中で一番読みやすそうな本を手にとって、執務室の脇の椅子に腰掛ける。

「椅子…………。」

小さく呟いて、シャルティエは違和感に気付いた。
初めは無かった。

「い、す……。」

最初に訪れた時には、この部屋にこんな椅子は無かった。

「え。」

最早、本を読む気にはなれなかった。
もしかして、もしかして。
ハロルド博士が言っていたのはこういう事だったのだろうか。

この椅子はディムロスがシャルティエの為に用意したものだろうか。
そうでなければこんな飾り気の無い椅子を、中将ともあろう人間の執務室に置く筈が無い。
部屋を訪れる客人の為のソファは置いてあるのだから、こんな質素な椅子を部屋に置いておく必要性は全く無いのだ。
なぜだろう。
本来ならば副官の為の椅子など執務室に置く筈がないのに。

「どうかしたのか?」

ディムロスに声を掛けられて、シャルティエは我に返った。
よくよく考えると手元の本を全く本を読み進めていなかったのだ。

「い、いえ。何でもありません!」

慌てて本を開く。
棚の中で一番読み易そうだと思った本。
そう、一番。
今までに読み終えた、一番読み易そうだと思った本はいつの間にか無くなっていた。

もしかして、それも?

思考が一気に巡り出す。
シャルティエは勤務初日に軍事演習場へ同行して以来、殆どこの執務室から出ていない。
初日のアレは、部下への紹介だったのだろうか。

予定を教えないのは、執務室からなるべく出さない為なのかもしれない。
では、執務室からなるべく出さないのは?

『なるほど、そりゃ周りの風当たりもきついわな……。』

ハロルドの言葉を思い出す。
もしかして、と思う。
同時にそんな馬鹿な、とも思う。
ディムロスの真意が少し見えたような気がして、シャルティエは呆然とした。

「……怪我が痛むのならば、今日は帰っても構わないぞ。」
「…………違います。」
「そうか。」

唐突に掛けられた、憮然とした声。
以前なら皮肉った見方をしただろう。
でも、今は……。

「…………中将。」
「どうした。」

ディムロスの真意が知りたいとシャルティエは思った。

「僕に、仕事をさせて下さい。」

ディムロスが顔を上げて、シャルティエを見遣った。

「僕は……貴方のお役に立ちたいんです。」

そんなシャルティエの言葉に、ディムロスの目が僅かに見開かれる。

「……では、手始めにこの書類を情報部へ届けて貰おうか。」

ディムロスは手元の書類を差し出すと、再び視線を落として執務に戻った。

「…………はい!」

シャルティエは急いで本を戸棚にしまうと、ディムロスの示した書類を手に取って、姿勢を正して敬礼した。

「それでは失礼します。」
「頼んだ。」

ディムロスのそんな一言が嬉しかった。
部屋から下がると、シャルティエは真っ直ぐに情報部へ向かった。





シャルティエがいなくなった部屋で、ディムロスは小さく溜め息を吐いた。

「……誰か、入れ知恵したな。」

何となく誰がやったのかは想像がついたが、深く追求するのは今回に限りやめておく事にした。





「そろそろ気付いたかなー、あいつ。」

試験管の中の液体を揺らしながらハロルドは呟いた。
数日前、ディムロスの執務室を訪れた時に小さな椅子が一脚増えているのに気がついた。
直ぐに新しくディムロス付きになった副官の為の物だと気がついたハロルドは、その副官が一体どんな人物なのか気になって様子を見に行ったのだ。

「そういや、名前聞いてねーな。」

試験管をバーナーに掛ける。
液体が徐々に色を変えていくのを観察しながらハロルドは小さく微笑んだ。

「ま、いいや。その内分かるだろうし。」





職務時間を終えて、シャルティエは自室に戻った。
これまでに無い位充実した気分だった。

「えっと……。」

浮かれた気分で日記帳を開く。
色々と書きたい事があったが、シャルティエはどうも上手く纏められない気がした。

「…………うん。」

頷いてシャルティエが日記を閉じる。
そこにはたった一文だけ。

やっぱり僕はディムロス中将のようになりたい。

そう、記されていた。





後日。

今日はディムロスが休暇の為、副官のシャルティエも休みとなった。
上官がいなくても仕事は溜まるのだから、本来ならば副官が休む訳にはいかないのだが、ディムロスはやはり他人に仕事を任せたがらない性質だったのでシャルティエも纏めて休みを取る事になったのである。
折角だから久しぶりに買出しにでも行こうかと、上着を羽織って雪道の中、足を進める。
必要な物はある程度、軍から支給されるのだが、他にもどうしても必要になってくるものはある。
外出に関する書類を出して、街へ向かおうと門を出た所で、ばったりとディムロスに出くわした。

「あ、中将!」

慌ててシャルティエが敬礼する。

「今は職務中ではないのだから、そんな事をしなくてもいい。」

ディムロスは少し困ったように笑って、そう言った。

「え。」

シャルティエは思わず絶句した。

「シャルティエ、お前も街へ向かうのか?」
「は、はい……。」

呆然としながらも何とかそう答える。

「お前さえ良ければ一緒に行かないか?」
「え、あ、はい……。」

微笑むディムロスはまるで別人で。
シャルティエは思わず許諾の返事を返してしまった。

「そうか、ならば行こう。」
「はい……。」

先に立って歩くディムロスに続く。
何だか見てはいけない物を見てしまった様な、複雑な気持ちでシャルティエはその隣を歩いた。
無言のまま、互いの間にサクサクと雪を踏む音だけが響く。
気まずくなってシャルティエが声を掛ける。

「あ、あの、中将……。」

振り向いてディムロスが答える。

「今はディムロスで構わん。どうせ年もそんなに変わらないんだからな。」
「…………。」

シャルティエは最早何もいう事が出来なかった。

「では、また明日。」
「…………ええ。」

ディムロスとは目的地が異なったらしく、街に着くなり早々に別れる事になった。
シャルティエとしては有難い限りだ。

「…………まさか。」

何ともいえない気分で溜め息を零して、シャルティエが呟く。

「まさか、あんな人だったなんて……!」

ディムロスには悉く予想を裏切られてばかりだとシャルティエは思った。

「何だかなあ……。」

今日の日記には一体何と書こう、とシャルティエは小さく独りごちた。










はい、長々とお付き合い下さりありがとうございました!
タイトルは相変わらず適当です^▽^
別にCDなれそめ、でも良かったんですけどね

ディムロスさん20歳で中将とか何かそんなビックリな大出世してますけど、ストーリーと設定が折り合いつかなくてそうなってしまっただけです
も、申し訳ない……!

あ、あとでシャルティエがアトワイトに「それにしてもよく中将が怪我をしてるって分かったね。」って言ったら、
「だって、敵陣のど真ん中に突っ込んでいく核弾頭よ? 戦線に立って怪我せずに帰ってくる訳がないじゃない。」ってニッコリ笑って言われたとか
(中将、カマかけられただけか……。)ってシャルティエがちょっとディムロスを不憫に思ったとか
何かそんな小ネタもあったりします、実は

あ、あとあと!
ディムロスはシャルティエに軍事関係の勉強をさせてから、参謀本部にでも部署変えしようと思ってたみたいです
カーレルさんだったら悪いようにはしないだろうと思ったんじゃないかなあ
シャルティエはそこまでは気付かなかった、とかね

ていうか、それが書ききれてない時点でダメダメですね……^▽^;
精進します……!