「ディムロスさぁ、何でアレが良い訳?」
「何の話だ?」

唐突に話題を切り出すと、ディムロスは首を傾げた。
主語が”アレ”の一言で済まされてしまっては理解できよう筈も無い、とディムロスは言外に告げた。

「だからぁ、アレ。」

投げやりな動作で窓の外を指し示す。
人差し指の先を辿ると、そこには白衣を翻して廊下を闊歩するアトワイト女史の姿があった。

「な、な、な、何の事だっ!!」
「あれ、バレてないつもりだったの?」

あっさりとそう吐き捨てて、耳を真っ赤に染めるディムロスをにやにやと笑った。

「お付き合い、してるんだろう?」

わざとらしく慇懃に言ってやるとディムロスは窓から慌てて視線を逸らした。
まだ見つめていたのか、と少々呆れが込み上げる。

「何処がいいんだよ、あんなの。」

言うとディムロスがムッとしたような顔をした。
幾らなんでも他人の恋人にこの言い方はなかっただろうか、と後から気づく。
確かに少し棘のある言い方だったかもしれない。

「何故そんな言い方をするんだ。」

案の定不貞腐れてしまったディムロスは視線を俯けてそう言った。

「何故、も何もなぁ……。」

実を言うとアトワイトの事はあまり知らない。
お互いに昔から軍の中に居て生活をしていたとはいえ、生活する領域が違えば顔を合わせる事など殆ど無いものだ。
しかし、幼い頃に幾度かは接点があった。

最初に合ったのは、メルに連れられて医者の所を訪れた時だった。
メルに引き取られた直後に健康診断に連れて行かれた際、アトワイトはその手助けをする為にそこにいたのだという。
言い切りが確定した形でないのは、その時のオレはまともな意識を持ちえていなかったからだ。

その後も幾度かは彼女に会った。
なるべく同年代の子供達と関わらせたい、というメルやイクティノスの気遣いから何度か孤児院に足を運んでいたのだ。
しかし、オレ達兄弟があまりそれを望んでいない事を知ってからは交流が途絶えてしまっていた。
せいぜい八歳くらいまでだろうか。
いや、シャルティエの姿を見た事はなかったから七歳くらいまでかもしれない。

「……アトワイトにはボコボコにされた記憶しかないもんで。」

ディムロスが目を丸くしている。
まあ、当然かもしれない。

しかし、オレ達兄弟はアトワイトに剣の稽古だとか何とかいって泣かされた記憶しか持っていなかった。
容赦なく、殴る、蹴る。
あの年頃において二つも年が違えば体力差があるのは当たり前だから、多分手加減はされていたのだと思うが。

「兄貴も殴られてたぞ。」
「あ、アトワイトに……カーレルが、か?」

どうもその構図がイメージできないらしいディムロスは、しきりに首を傾げていた。
今、話をしているオレですら本当の事だったか疑わしくなってくるのだから仕方が無い。

「兄貴は流石に泣いてはいなかったけど、オレはわんわん泣いてたなぁー。」
「どうにも、信じられん話だな……。」

パソコン用の回転椅子をくるくると回しながら話を続けると、ディムロスは小さく溜め息を吐いた。
何故わざわざ回転椅子かというと、室内用の椅子をディムロスに譲ったからだ。

「うーん、剣の稽古とかって……アイツその頃から木刀持って素振りしてたんだぜ?」

七歳児がさー、と言いながら更に椅子を回した。
くるくるくるくる椅子を回していると、ディムロスに椅子の背を掴んで止められた。
慣性の法則で体だけがガクリと揺れた。

「さて、ディムロスさんはそんなアトワイトさんの何処が好きなんですかー?」

癪なのでそのままマイクインタビューをしてみる。
握り締めた右手を、ディムロスの口元へと持っていく。

「は、ハロルドっ!」
「ほらほら、どうぞー。」

ちゃかすように拳を更に近づけると、ディムロスは顔を逸らしながら呟いた。

「そんな感情に、理屈がある訳が無い……。」

小さな声でぽつりと呟く様は、いかんせん乙女ちっくだ。

「はーそれはそれは、熱烈な告白をどうもありがとうよ。」

言いながら、掌に隠し持っていた小型録音機のボタンを止める。
この間作ったばかりの自信作なので、掌で握った位ではノイズは入っていないと思うが……さて、その性能はどうだろうか。

「ハロルド、そ、それは一体……!」
「ん、見てわかんねぇ? 録音機。」

真っ赤になってオレの手から録音機を奪おうとするディムロス。
久しぶりの休暇は、どうやらこのまま鬼ごっこになりそうだ。
オレは溜め息を吐いて、自室を飛び出した。










アトワイトとベルセリオス双子は少しだけ小さい頃に会った事があります
でも、多分片手で数える程度
別に思い出したくないほど嫌、って訳じゃないけど彼らの間でその話は無かった事になっている気がします
アトワイトが殆ど出てこないアトディム……ふ、風味って事で!^▽^;