「好きだ。」
ハロルドがポツリと呟く。
「ん?」
ディムロスが怪訝な顔で振り返った。
「ディムロスが、好きだ。」
銀色の縁の細い眼鏡を外して乱暴に机の上に置きながら、椅子の背もたれにぐったりと体を預けきってハロルドが呟く。
あんまりにも体を傾けるものだからそのまま頭から落ちてしまうのではないかと思う程だ。
「仕事の邪魔になるのならば出ていくぞ?」
「あー、もー。なんっで、そうなるかなぁー。」
問い掛けたディムロスにハロルドが脱力して、溜め息を零す。
休暇中だからとディムロスが訪ねてきたのは先程の事だった。
私室に仕事を持ち込んでいたハロルドに対し、ディムロスは引き返そうとしたのだが、ハロルドが引き止めたのだ。
曰く。
「ディムロスがいる方が仕事が進む。」
ディムロスが溜め息を吐いて呟く。
「……手伝わんぞ。第一、私は門外漢だ。」
「そうじゃねーよ。」
それにハロルドが溜め息を返す。
「仕事が進むのは、あれだ。愛の力だ。」
「…………何だそれは。」
ディムロスが小さく苦笑を零す。
それに対しハロルドは少しふてくされたようだった。
「何で分かってくんねーかなー。」
それが自分の性格や、或いは普段の行動に起因している事くらい、ハロルドにだって嫌でも分かるのだが、敢えてそう口に出す。
「何がだ?」
案の定、ディムロスは全く分かっていなかった。
ハロルドはそのまま体を更に椅子に凭せ掛けて呟く。
「オレがディムロス好きってコト。」
逆さまに驚いた顔のディムロスが映る。
いや、正確にいうならば逆さまなのはハロルドの視界なのだが。
「……ハロルド?」
そのまま子供のするように、ディムロスに向かってそっと手を伸ばす。
押し出すように机を軽く蹴ると、回転椅子はカラカラと音を立ててディムロスの傍まで進んだ。
「好きだぞ。」
逆さまにその頬を両手で挟んで、小さく呟く。
「ありがとう。」
ハロルドより一回りも大きな掌が、その赤い髪をそっと撫でる。
ハロルドは同色の長い睫毛をそっと伏せると、無言でそのままの動作が繰り返される事を強請った。
ディムロスはそれに応えて、柔らかく髪を梳きながら呟く。
「私もお前が好きだぞ。」
「うん。」
それが、同じ感情ではない事は分かっていながらハロルドは小さく頷いた。
ディムロスは兄の親友なのだ。
兄と同じ視点に立って、自分を弟のように見ているのだ。
分かっていながらこの優しさに甘えてしまっている自分をハロルドは自覚した。
「ありがとな、ディムロス。」
重たくなりかけていた睫毛をそっと持ち上げて、そう告げるとディムロスはスッと手を引いた。
「ん、ブレイクタイム終了ー。また仕事するわ。」
「そうか、頑張れよ。」
再び眼鏡を掛けると、デスクのパソコンと向かい合って仕事を再開した。
ハロルドがキーを叩く音と、パソコンが熱を排出する音と、ディムロスが本のページを捲る音だけが再び室内を占領する。
ディムロスが幸せならば、自分はそれでいいのだ。
それだけで自分は報われる。
不必要な発言をしてディムロスを困らせる必要などない。
キーを叩きながらハロルドは幾度も繰り返してきた感情を、また心中に巡らせた。
「やっぱりこれが最良の選択かな。」
エンターキーを叩いて、演算の結果を待つ。
この感情が相互に干渉しあってゼロになるベクトルなら良かったのに。
それでも諦めきれない気持ちをハロルドは胸中でポツリ呟いた。
ハロルドは報われない感情をずっと抱えたままで、本人もそれでいいやとか思ってるんだけど
でも少しだけ高望みして、期待して、でもそうはならないだろうなって思って、案の定その通りで……みたいなのが理想です!(どんな)