いつからだったろう。
もう随分前からだ。
軍に入るよりずっと前。

「好きです。」

ずっとずっと、小さい頃から。
その腕にハロルドと共に抱かれていた頃から。

「そうですか。」

イクティノスはそれを聞くと静かに呟いた。
視線は伏せられて、その瞳は此方を向いてはいなかった。
この感情が親子という枠組みから外れている事に、疾うに気付いているのだろう。

「少将、ずっと幼い頃から貴方をお慕いしてきました。」

呟いて、腰掛けていたデスクからそっと腰をあげる。
ゆっくりと歩み寄ると、イクティノスは静かにその長い睫毛を上げた。

「それで?」

冷たく微笑む。

「貴方は一体私に何を求めるんです?」

本質を射た問いだと思った。
全く、イクティノスらしい。

「出来る事ならば、全てを。」

イクティノスが僅かに眉を顰めた。
この返答は恐らく想定外だったのだろう。

「それが無理ならば、せめてその身体を下さい。」

続く言葉が予想通りだった為か、冷静な顔を取り戻してイクティノスが呟く。

「生憎ですが、私は自分の子と寝るような趣味はありません。」
「知っていますよ。」

笑って、更に歩み寄る。
イクティノスはその場に立ち尽くして、此方をじっと見据えていた。
後退したら、負ける事が分かっているのだろう。
直接的に刃を交える訳ではないけれど、これは一種の戦いだ。

「それでも、好きだったんです。ずっと。」

とっくの昔に追い越した身長を抱きしめる。
今ではもう十cm以上も違う。

「ならば命令なさい。」

腕の中でイクティノスが小さくそう零した。
此方を真っ直ぐに睨み上げる視線は深い藍色だ。

「貴方は私の上官だ。どうしても譲れないのなら、命令して私を縛り付ければいい。」

職権乱用にも程がある極論だが、結局とどのつまりはそういう事なのだ。
互いにギリギリのライン上に立っている。
どちらも、一歩も引けない状態なのだ。

十八年も共にいるのだから、今更互いの考えが分からない訳が無かった。

「そうでしょう、カーレル。」

名前を呼ばれる。
これは牽制。
家族なのだという牽制。

「カーレル。」

私が彼を少将と呼ぶのと同じ理由だ。
他人だという牽制。

「少将。」

他人だったら、きっともっと容易に彼を手に入れられたに違いない。

「カーレル。」

イクティノスの瞳が、揺れていると思った。
いや、揺れているのはひょっとしたら自分の体の芯ではないだろうか。
ぐらぐらと、揺れている。
揺らいでいる。

どちらが?

「命令なんて……。」

更に強くその体を抱きしめると、イクティノスは驚いたように息を呑んだ。
この緊迫した状況で、それでも決してそれを態度には出さない彼は凄いと思う。

「出来るなら、疾うにやっていますよ……。」

彼の肩口に顔を埋めながら呟く。
イクティノスは少し身じろいだが、そのまま私の背に手を回してそっと抱きしめ返してくれた。

「好きです。好きです、イクティノス……。」
「カーレル……。」

ああ、やはり自分の負けだ。
こうなる事はずっと前から分かっていたのだけれど。

「どうしても貴方を手に入れられないというのなら、せめて……。」

だって、そういう風に育てられたんだから。

「せめて、ずっと傍にいて下さい……。」

ずっと、だなんて自分にしては随分と傲慢な物言いをした事は分かっている。

「ええ……。」

そして、彼が頷く事も分かっている。

「……好きです、好きです、好きです。」
「カーレル。」

イクティノスは、まるで幼い子供をあやす様に私の背をトントンと叩いた。

「私も貴方が好きですよ。」

父親の顔をするイクティノスに、私は無言で縋りついた。





いつからだったろう。
もう随分前からだ。
軍に入るよりずっと前。

「好きです。」

ずっとずっと、小さい頃から。
その腕にハロルドと共に抱かれていた頃から。

ずるい。
これじゃあ、まるでインプリンティングじゃないか。

でも、仕方が無い。
だって、そういう風に育てられたんだから。










カーレルさんはずっと昔からイクティノスが好きで
イクティノスも何となく気付いてたけど、そのまま気付かないフリをして双子を育ててました

カーレルさんの死後は、イクティノスはその近くで生活してるんじゃないでしょうか
約束通りずっと傍にいて、死ぬまで墓守してればいいと思います

この二人はこれが一番報われる形なんじゃないかなー、とか^▽^
永遠に親子以上恋人未満なカーイクが好きです^^^