「ウッドロウ様、本を読んで頂けませんか。」
中空に声が響く。
直接的に、頭の中に語りかけるような声。
いや、その言い方は正確ではない。
資質を持つ者だけが感応する事のできる、特別な周波の音とでも言うべきだろうか。
「この身では、ページが捲れませんので。」
苦笑気味に言って目の前に現れたのは、ソーディアン・イクティノス。
これも正しくはないだろう。
資質を持つ者だけが捉える事のできる光波というものも、恐らく存在するのだろう。
その反射によって見える彼の姿だ。
「なるほど、少し待ってもらえるかな。」
書類を纏めて、そっとファイルの中に仕舞う。
公務にも流石に疲れてきた所だ。
「すみません、お忙しいのに。」
「いや、構わないよ。もう仕事は終えようと思っていた所だ。」
恐らくは、仕事を終えさせる為のイクティノスなりの口実だろう。
彼は本当によく気のつく性格をしている。
「こんな姿になっても、尚、欲深く知識を得たいと思ってしまうのですよ。」
「常に知識を求めるのは素晴らしい事だ。私も見習うべきだな。」
「ご謙遜を。」
イクティノスが柔らかに微笑んだ。
彼の笑顔は同性の私から見ても美しいと思う。
整っている、と表現するべきなのだろうか。
恐らく、人間の顔のパーツそれぞれをもっとも正しい位置に据えたら、彼のような顔になるのだろう。
「昨日の続きだね。」
「はい、ありがとうございます。」
書棚から厚い本を取り出して、そのままベッドに腰掛けてページを開く。
イクティノスも私の隣にそっと腰掛けた。
勿論、彼の場合実体がある訳ではないけれど。
「貿易と経済についての章だったね。」
毎晩、こうやって本を読み聞かせるのが最近では習慣になりつつある。
イクティノスは目を閉じて、私の隣で静かに耳を傾けている。
ただそれだけの時間が何だかとても大切に感じられるのだ。
「ウッドロウ様……。」
途中で、イクティノスが小さく口を開いた。
読み聞かせの途中で彼が口を挟む事など初めてだったので、私は少し驚いた。
「どうしたんだい。」
尋ねると、イクティノスの長い睫毛が持ち上がって、深い藍色が姿を見せた。
自然、吸い込まれるように視線を合わせる。
「貴方は、これまでの千年間でもっとも優れたマスターだ。」
その言葉に、思わず目を瞬かせた。
それは、今までのどの王よりも……?
それは。
それは、父王よりも……?
言葉の続きが聞きたくて。
確固たる言葉が欲しくて、イクティノスを見遣る。
イクティノスは再び、その長い睫毛を閉じて唇を動かした。
オリジナルよりも。
それは明確な音の波長としては聞こえなかったが、確かに伝わった。
唇の動きで。
いや、それ以外の、例えば資質を持つ者が感じる事の出来る周波数以外の何かで。
「…………ありがとう、イクティノス。」
「いいえ。……もう眠りましょう、明日に響いてきます。」
「……そうだな。」
本を閉じて書棚に戻す。
「おやすみなさい、ウッドロウ様。」
少し嬉しそうなイクティノスの声が聞こえた。
公式ページを見て、イクティノスはウッドロウさん大好きすぎるだろ、と思ったので書いてみた!^▽^
ソーディアン・イクティノスはマスター大好きです^^^