ジューダスは、時折自分の胸元をそっと撫でる癖がある。
まるで何か大切なものにでも触れるように、そっと。

ロニも、リアラも、ナナリーも、ハロルドも、まるで気にかけていないようなジューダスの癖。
特に口に出して尋ねたりした訳ではないけれど、オレにはそれが何となく気になっていた。
もし、口に出して尋ねた瞬間に、ジューダスがそれをしなくなってしまったら嫌だと思ったから、聞きはしなかったのだけれど。

だから、ジューダスがそっと胸元に触るのを見る度に、オレは心の中で密かに何か暖かい気持ちになるのだった。





「ジューダスー、いるー?」

ジューダスの部屋の扉を開ける。

「カイル、ノックぐらいしたらどうだ。」

着替え中だったらしいジューダスに叱られてしまった。
だって、こんな真昼に着替えてるなんて思わなかったんだから仕方ないじゃないか。
部屋を見渡すと、どうやら紅茶を零してしまった所為らしい。
彼らしくない事だと思いながら、急いでボタンを留めるジューダスに目を遣った。

「あれ、ジューダス……それ……。」

胸元に残る、大きな傷跡。
ジューダスがとても気まずそうな顔をした。

「用件はなんだ。」
「そんな事より、オレの質問に答えてよ!」
「そんな事……か、お前はそのそんな事で僕の部屋にノックもなく入ったのか。」

そう言われて、押し黙る。

「用がないのなら帰れ。」
「ジューダス……!」

目を細めて、ジューダスがこちらをジロリと睨んでくる。
こうなっては仕方ない。
もとより、ジューダスを説き伏せられる程、口が立つ訳ではないのだから。

「アイテムの補充に行くから付き合って欲しくて……。」
「……最初からそう言えばいいものを。」

ジューダスはそう言って溜め息を吐くと、上着を羽織った。
どうやら買い物には付き合ってくれるらしい。

「行くぞ、カイル。」
「あ、うん。」

部屋を出るジューダスを追って、オレ達はそのまま買い物に出かけた。





「アップルグミはこれくらいでいいかなー?」
「ああ、十分だろう。」

個数を確認しながら、買い物を済ませていく。

「あと、スペクタクルズは15個欲しいよね。」
「そうだな、敵の情報を知る事は戦いにおいて有効だ。」

そんな会話をしながら、チラリとジューダスの方を伺う。
ジューダスは何事もなかったかのようにしているが、いつもより、ほんの僅かだが表情が暗い。
やはり、さっき傷跡を見られた所為なのだろう。
そんなに隠したい事なんだろうか。
だとするとそれは、きっと……。

「……イル……カイル、聞いているのか!」
「えっ、あ、ごめん何?」

ジューダスが呆れたように溜め息を吐く。

「オレンジグミはどうするのかと聞いているんだ、お前が無駄に大技を使いたがるから聞いているんだぞ。」
「あ、ああ……ごめんごめん。少し多めに欲しいかな。」
「全く……。」

買い物を終えて、荷物を半分に分けてそれぞれに持つと、宿へと足を進めた。
お互いに特に喋る事もなく、ただ歩み続ける。

「あのさ……。」

もう一度、聞いてみようかという思いが首を擡げる。
でも、きっと答えてはくれないんだろう。
だったら……。

「カイル……?」

ジューダスの胸元にそっと手を伸ばして触れる。
丁度先程の、大きな傷があった辺り。

「隠したいの?」
「…………何の話だ。」
「リオンの傷跡だから、隠したいの?」

ジューダスの視線がキッと引き締められる。

「余計な口を利くな。」

そう言って凄まれるが、何となく今は怖いとは思わなかった。

「それとも、大切なものだから隠したいの?」
「何……?」

ジューダスの表情が険しくなる。

「だって、ジューダス……凄い大切そうに、この傷に触るじゃないか……。」

ジューダスが驚いたような顔をした。
そうか、あの行動は無意識だったのか。
だからあんなに……。

触れているジューダスの胸元から、思わず視線を逸らして俯けてしまう。
何でだろう、オレは……悔しいんだろうか。

「リオン=マグナスの記憶の方が……大切だから……?」

悔しいのかもしれない。
ただの嫉妬なのかもしれない。
でも、ジューダスは、あんな表情をオレ達に向けることはない。

「……そういう事ではない。」

ジューダスも、オレから視線を逸らした。
これは何かを誤魔化したい時のジューダスの癖だ。

「それも、言えない事なの……?」
「ああ……。」

思わず涙が零れた。
悔しい。
自分では力が及ばない。

「オ、レ……先に、宿に戻ってるから……!」
それだけ言って、走り出した。
オレは父さんみたいに、皆にとっての英雄ではない。
ジューダスにとっての英雄ではない。





「そんな癖が、僕にあるとは思ってもみなかったな……。」

小さく、呟く。
すると背にかけたソーディアンから声が聞こえた。

『やっぱり、言えないですよね……。』
「当たり前だ。」

どうして言えるだろうか。
これはお前の父親に殺された時の傷だと。
その息子に、一体どうして告げられるだろうか。

「皮肉なものだ。」

スタンに刃を突き立てられた瞬間に、悟った。
僕はもう、手遅れだと。
ここで、終わりだと。

しかしそれだけでは終わらなかった。
生ける屍として再び蘇った。
再びスタンがこの身に刃を突き立てた瞬間、安堵してさえいた。
スタンの涙を見て、何を泣く事があるのかとさえ思った。

それでも尚、終わりは訪れなかった。

「大切そうに、か。」

胸元にそっと触れてみる。
そうなのかもしれない。
自分はこの傷跡を大切に思っているのかもしれない。

「二度も死んでいるんだ。もう一度くらい死んでみるのも悪くない。」

正史を取り戻す為に。
スタンの未来を取り戻す為に。

『坊ちゃん……。』

カイルがスタンを越えたいと願うのなら。
僕にとっての英雄になりたいと願うのなら。

僕を本当に殺してくれる存在であればいい。
安寧を。
永遠の眠りを、約束してくれる存在であればいい。

そして。
願わくばどうか、その時にあの子が苦しむ事がないように。










ジューダスの話を私が書くとは凄く珍しいと言われました!
確かにめずらしい!^▽^