全く、こうも書類が積み上げられているのには辟易する。
あからさまに口に出して言う訳にはいかないが、それもこれも、全部あの総司令の所為だ思うと溜め息が零れた。
私が断れないと知っていて、あの人はいらぬ仕事を私に押しつけるのだ。
結局の所で断り切れない自分も自分なのだが。

「全く、何故でしょうね……。」

一体どうしてなのだろう、自分はあの顔に弱いのだろうか。
まあ、司令に少し眉尻を下げて、すまなそうに頼み込まれると引き受けてしまう事は確かだが。
かと言って、あのテの顔に弱いかと言われると、ちょっと違うような気もする。

珈琲を一口すすって、書類を捲る。

「おや、ハロルドのですか。」

きちんと几帳面に仕上げられた書類は、凡そ非の打ち所がない。
わざわざ丁寧にグラフまでつけているのには恐れ入る。

世間から奇天烈科学者扱いされる割には、実はあの子が常識人だと知っている者は少ない。
恐らく直近の部下くらいだろう。

逆にその兄が生真面目そうに見えて破天荒だと知っている者は、殆どいないと言っていい。
総司令、私、ハロルド……あとはディムロス中将くらいのものではなかろうか。

人が良さそうに見えて、ああなのだから困ってしまう。

そう、この間もハロルドがカーレルの所業に嘆いていた。





「ちょっと待てー!!!」

余りの事態に思わず絶叫してしまう。
何だこれは、一体何が起こってるんだ。
どうしてこうなったんだ。

「取り敢えず、消火器ー!!!!!」

部屋の外の通路に備え付けてある消火器を取りに走ると、ピンを引き抜いて、炎に向かって勢いよく消火液を振り掛けた。
幸い、火は燻り始めたところだった為、呆気なく消えてくれた。

「何か焦げ臭いと思ったら……。」

様子を見に来て、本当に良かった。

「しかし、何でこんな事になったんだ……?」

何で。
本当に何で。

洗濯機が火を噴いたのだろうか。

「おや、騒がしいけど何かあったのかい。ハロルド?」

まるで関係がないとばかりに、兄貴がひょっこり顔を出した。

「何か、も何もないだろ。何で洗濯機が燃えてるんだよ……!」
「おや、それは大変だね。」

あっさりとそう言い切った兄に、本気で溜め息が零れた。

「っとに、何やらかしたんだか……。」

火が完全に消えている事を確認してから、原因解明の為にそっと上蓋を開いた。
黒い煙がゆるゆると立ち上り、幾らか煤が零れ落ちる。
内容物の様子を見る限り、どうやら乾燥機をかけていたらしい。
何だか凄く嫌な気持ちになる。
火傷をしないように、そうっと引きずり出したそこには、ハロルドがわざわざ避けておいたエプロンがあった。

「兄貴、このエプロン…………。」
「ああ、ハロルドが洗濯し忘れたみたいだからね。洗っておこうと思って。」

洗濯と乾燥の設定を押し間違えたらしい。
下手に弄って、どれが如何なっているのか把握しきれないままスタートボタンを押したのだろう。
だからって……。

「油がついたエプロンなんか乾燥機にかけたら、火が着くに決まってるだろ……!」

油分の付着した衣服を乾燥機にかけて、火事になった例なんて幾らでもある。
この間、油をこぼした時にエプロンにもかかったのだ。
だからわざわざ避けておいたというのに……何故そこに考えが及ばないのだろう。

「へえ、そうなんだ。」
「そうなんだじゃねーよ!」
「だって私、そういう事は専門外だから。」

流石だねハロルド、とにこにこ笑う兄に一体何と言葉をかければ良いか……正直、分からない。

「…………兄貴、これは常識だ。」

ぽんぽんとその肩を叩いて、溜め息を吐いた。
兄貴は少し思案顔で黙り込んだ後、オレの肩を叩き返してこう呟いた。

「ハロルド、君の考えてる常識って案外常識じゃないと思うよ。」

……………………。
絶句するオレを他所に、兄貴はさっさと自分の部屋へと戻っていった。
後片付けを全て押し付けて。





あれから暫く、ハロルドが洗濯機を借りに部屋を訪れたものだった。
思い返すだけでも頭痛が走る出来事に、深く溜め息を吐いて、書類にサインする。

「ひょっとして、親に似たんですかね……。」

自分にこれだけ大量の書類を押し付けた、緑の髪の誰かを思い出す。
あながち、それも間違いではないような気がして、また頭が痛くなった。










「お前の妹に常識は通用せんようだな。」
「……………………。」
という女の子ハロルドの流れが、見事に逆転してしまいました^q^
野郎のハロルドは極端に弱いです^^^^^