「で、どうなさるおつもりですか、リトラー中尉。」
自分の発言が招いた事態とはいえ、子供二人を引き取って育てるなど……。
この始末を一体どうつけるつもりなのだろうと思うと、思わず溜め息が零れた。
「そうだね、育てる場所もないしね。」
リトラー中尉は軽く笑ってそう答えると、私が纏めた書類を受け取ってファイルにしまった。
そんな言葉に、乾いた笑いが漏れる。
「ご冗談でしょう? てっきり何か考えがあるものとばかり……。」
「考え? そんなものはないよ。」
中尉は変わらず笑顔を絶やさないまま、私の言葉を否定した。
「ただ、昔の伝手が使えたらいいなとは思っているけどね。」
そう言って朗らかに笑う中尉に、私は目の前が真っ暗になるのを感じた。
尉官程度に個人部屋が与えられる訳がない。
それこそ一般兵なら部屋に鮨詰めにされてもおかしくない位なのだ。
と、なると親戚にでも預けるのだろうかと思っていたのだが、どうやらそういうつもりでもないらしい。
しかも、その伝手とやらも確実なものではないらしいのだから本当に困ったものだ。
これから育てようと思っているのは、犬や猫ではないのに。
「仮に、それで育てる場所を確保出来たとしても、です。一体どうやって養育なさるおつもりですか。」
中尉としての俸給などたかが知れている。
尉官の生活の苦しさは、一般兵に揶揄される程なのだ。
「生活費を切り詰めればあの子達が食べる分位は確保出来るさ。」
「貴方が食べる分はどうなるんですか!」
私は柄にもなく焦って、そう問うた。
「さあ、どうなるだろうね。」
しかし、中尉は気にした風もなくあっさりと言ってのけた。
「まあ単なるまじないみたいなものだがね、私が大丈夫と言った事は今まで全て何とかなってきたんだ。だから大丈夫だよ。」
これは中尉なりの冗談なのだろうか。
でも、実際に有り得そうで怖いな、と思った。
「…………分かりました。」
どう言ってもこの人の意見は変わらないのだろう。
諦めの溜め息を一つ零して、私は呟いた。
「私も育てます。」
私のその言葉に、中尉は少なからず驚いたようで、パチパチと目を瞬かせていた。
「責任は私にもありますから。」
柄にもない事を、と気恥ずかしくなりながら視線を逸らす。
中尉が微笑むのが視界の端で見えた。
「……ありがとう、少尉。感謝するよ。」
任務から帰った中尉は、まず子供たちを医務室に預けた。
精神的なダメージによる衰弱が酷く、特に弟のハロルド(名前はカーレルから聞き出した)は未だに呆けたままで意識が戻らない。
覚醒、という意味では起きてはいるのだが、食べない、動かない、喋らない。
何もせず、ただ一日じっと固まったままで過ごしている。
そんなハロルドの世話をする為、カーレルは一日中、片時も離れずハロルドの傍にいた。
何せ、ハロルドは大人が近づくと泣き叫び、恐惶状態に陥ってしまうのだ。
カーレルが傍にいる事で、他人が周りにいても辛うじて落ち着く事ができている、というのが現状だ。
医者からは長期入院を言い渡された。
点滴によって栄養を摂取しなければどうにもならないという事だった。
その間にも、私たちを取り巻く環境は目まぐるしく変化していた。
まず、先の任務の結果が評価されて中尉が昇進した。
そして、それによって一人部屋を宛がわれた。
「昇進、おめでとうございます。」
「ああ、ありがとう。」
書類を届けに行く途中で、偶々顔を合わせたので尋ねてみた。
恐るべきタイミングだと思っていたのだが、何やら意味深な笑顔を返された。
どうやら、裏があるらしい。
「ところで、随分なタイミングでしたね。」
「いや、全くだね。」
「…………仰っていた昔の伝手、というやつですか。」
苦笑が返ってきた事で確信する。
「勘がいいね、君は。」
「どうも、ありがとうございます。」
海の色をしたその瞳が、面白いと如実に語っている。
面白がられているのは不愉快だが、話を続けるにはちょうどいい。
そう思っていると、向こうから口を開いた。
「クレメンテ様と昔馴染みでね。」
バサバサという音が通路に響く。
胸元に抱えていた書類が落ちた音だと数瞬遅れて気がついた。
「く、クレメンテ様って……。」
もしや、猛将と名高い、あの……。
「……………………。」
あの、クレメンテ様だろうか……?
絶句する私を他所に、リトラー少佐は落ちた書類を集めて手渡してくれた。
「昔の伝手が効いてよかったよ。」
確信犯の笑顔で言って、少佐はその場を去っていった。
新しく宛がわれた部屋で、退院してきた子供たちと少佐は暮らし始めた。
私も時間の許す限り、少佐の部屋を訪ねて子供たちの面倒を見た。
子供たちが懐く事はなかったが、それなりに心を許してくれるようになってきた。
私が触っても、唸るような事はなくなったハロルドをそっと抱き上げる。
ハロルドは少し不服そうな表情を浮かべたが、大人しく抱かれている事に決めたらしい。
「いい子ですね、ハロルド。」
その赤い髪を梳いて、そっと小さな背をトントンと一定のリズムで叩いた。
それを横からカーレルがじっと見据えている。
とてもあからさまな監視だ。
思わず苦笑が零れる。
それならいっそカーレルも一緒に抱き上げようかと思ったのだが、六歳児というものは案外重い。
少佐なら可能であっても、私には中々厳しいものがある。
「そろそろ交替。カーレルも抱っこしましょうか?」
「い、いらない!」
私を睨む目はそのままに、カーレルは数歩後ずさった。
ハロルドを下ろすと、カーレルは焦った様子でその腕を引いて、何処かへ走って行ってしまった。
大人のように振舞おうとする彼の、そんな所作がまだまだ子供染みていて、再び苦笑が漏れた。
「やれやれ……。」
溜め息を零しながら、そっと心の内で呟いた。
全く、世の中はすべからくタイミングだというのは正しい。
するすると、まるでシルクのクロスを取り払うように、子供たちの暮らす環境は整った。
まじない、というよりはあの人の人徳、とでもいうべきだろうか。
いや、もっと大きな何かがあの人にはあるのかもしれない。
だから、この戦争も彼になら止められるのかもしれない。
それが、始まり。
この人について行こうと思った契機。
長らく書こうと思っていて書けなかった「BILなれそめ」のその後です^▽^
この四人はセットで家族だと思っています^^