「そう言えば、小さい頃って殆どイクティノスに面倒見て貰った気がするな。」

ハロルドが、煎餅を銜えながら尋ねる。
この子達の世話は、確かに殆ど私の担当だったように思う。
甲斐甲斐しく煎茶を淹れてやりながら、その問いに答えた。

「ええ、そうですね。司令は当時からお忙しい方でしたから。」

ハロルドの口元で煎餅の割れるパリという音がした。
続いて茶をすする音が聞こえる。

「まあ、そうだけどさ。喧嘩とかしなかったワケ?」
「喧嘩?」

不可思議な問いに首を傾げると、ハロルドはからかうような表情でこう言った。

「ほら、よくあるじゃん。『仕事と家庭とどっちが大事なの!?』みたいな喧嘩。」
「ああ、なるほど。」

そういう喧嘩をする夫婦がいるというのはよく聞く話だが、果たしてその関係性を自分達の間に当てはめても良いものなのだろうか。
まあ、仕事をする側と養育をする側という意味では正しいのかもしれない。
いや、勿論私も仕事をしていなかった訳ではないのだが。

「ありましたけどね、一度。」
「えっ!?」

予想外だと言わんばかりにハロルドの視線がこちらを向く。

「な、何て……今……!?」
「だから、そういう揉め事は一度ありました。と言ったんです。」

信じられないという表情のハロルドに、茶で口を湿らせてからそう答える。

「そうですね……15年程前の事でしたか。」





「貴方と言う人は……仕事と家庭と、一体どっちが大切なんですか!!」

リトラー中将の最近の態度を見かねて、私は問い詰めた。
前々から酷いものがあるとは思っていたが、ここ数日の様子は目に余りある。

「そ、そうは言うがね……。」

まごつく様子のリトラー中将に、私は更に詰め寄った。

思えば私も若かったのだろう。
今、考えれば、あんな事で我慢の針が振り切れるなど有り得ない事だ。

「私はそんな答えを求めている訳ではありません。仕事か、家庭か。そのどちらかと聞いているのです。」

言葉に詰まるリトラー中将。
どんな言い方をすれば、私に怒られないかと考えているのだろう。

「さあ、どちらですか。」
「う、そ、それは……。」

既に怒られているのだから、その思考自体が無意味だ。

「さあ。」

詰め寄る私に、リトラー中将は溜め息を吐いた。
覚悟を決めて言う事にしたのだろう。

「……勿論、家庭に決まっているだろう!!!」
「仕事ですよ!!! リトラー中将のばか!!!!!」





ハロルドの呆れたような表情が視界に映る。
済ました顔で茶をすすって、話を続けた。

「司令が仕事に碌に手もつけずに、貴方達を構いたがって仕方がなかったんですよ。」

やれやれ、と言いながら茶碗を置いて私も煎餅を手に取った。

「…………くだらねー。」
「全くそう思います。」

口元で煎餅の割れる音が響いた。

「じゃあ、何でそんな喧嘩したんだよ。」

ハロルドの問いに答えようと、煎餅を咀嚼して茶をすする。

「若かったんじゃないですかね。」
「若かった、ねえ……。」
「当時は二十歳でしたからね、私も。」

納得がいかないという表情を浮かべるハロルドに、にこりと微笑んで囁いた。

「今ならもっと効率よく働かせる方法を知っていますから。」










イクティノスかわいいよ!^▽^
ハロルドが「その光景が眼に浮かぶようで嫌だよ……。」って言ったとか言わないとか^^^