気付いて欲しいのか、気付かれたくないのか。
それが自分でも分からない。

「ディムロス、好きだぞー。」

いつものように、ふざけたような、からかうような口調で語りかける。
だからといって、何がどうという事ではない。
ただ単に持て余した感情の捌け口を求めているだけだ。

「そうか。」

ディムロスは相変わらず、不器用でつっけんどんな返事をよこした。

……もう少し違う反応が返ってきてもいいんじゃないだろうか。
いや、だがしかし、ディムロスの反応がこんなになるまで中途半端な告白を続けたのはオレだ。
そんなリアクションをディムロスに求めるのは少々不条理が過ぎるというものだ。

「あーあ。」

オレは溜め息を一つ吐くと、回転椅子に座ってパソコンと向かい合うディムロスの肩に、そっと顔を埋めた。

「ハロルド……?」

唐突に背後から抱きつかれたディムロスは、怪訝な表情でこちらを見遣った。
何となく視線を合わせたくなくて、その肩口に更に強く顔を埋める。
何かしら思うところがあったのだろうか、ディムロスは何も言わずに再び視線を前に戻してくれた。

気付いて欲しいという気持ちがないわけではない。
幾ら好きだと言っても気付いて貰えないのは、勿論苦しい。
だが、それも仕方のない事だ。

自分が気付かれないように振舞っているんだから。

ふざけた声色で、からかうような表情で。
気付いて欲しい癖に、気付かれないよう必死に。

だって、ディムロスがオレの感情に応えるとは思えない。
第一、こいつにはアトワイトというれっきとした恋人がいる。

それならば、わざわざ困らせるような事はしたくない。
ディムロスが困るのは、嫌だ。

「ディムロス……。」
「何だ?」

振り向かないままに、キーを打つディムロス。

「何でもない。」
「……何なんだ。」

でも、気付いて欲しい。
何という矛盾だろう。
実に非合理的だ。

しかし、自分はもうずっと長い事、この非合理的な感情を押し隠して、はぐらかしてきたのだ。
かれこれ八年。
全く、年数だけならばアトワイトには負けないというのに。

好きだという感情。
気付いて欲しい。
気付いて欲しくない。

とんだ矛盾だ、どうすればいい。

「好きだ。」

温度のない声。
呟いてから、しまったと思った。

「ハロルド……?」

ディムロスが訝しそうな声でこちらを振り向く。

焦る事はない。
いつものように、冗談だと振る舞えばいいんだ。
ふざけた声色で、もう一度言い直せばいい。
からかうような顔で笑えばいい。
そうすればディムロスはきっと気付かない。

笑えば……。

「ハロルド?」

笑えない。
どうしよう。
顔が上げられない。

ディムロスの肩口に顔を埋めたまま、思わず顔を強ばらせてしまう。
ディムロスがどんどん不審を顕にするのが分かった。

「……ごめん、うそ。」

震える声でそれだけをやっと呟くと、ディムロスの顔も見ないままに部屋を飛び出した。

「ハロルド!!」

後ろからディムロスの呼ぶ声が聞こえたが、オレはそれを無視すると、そのままその場を走り去った。





ハロルドの様子は、明らかにおかしかった。

もしや、いや、まさか。
相反する感情がない交ぜになる。

常から、好きだと呟くハロルドの言葉の意味。

最初の頃は戸惑った。
あれだけあからさまな好意に、どんな対応をするべきかと。

しかし、ハロルドの態度は一向に変わらなかった。
ふざけているようにさえ見えた。
自分は、からかわれているだけなのだろうという事に考えが及ぶには、そう時間はかからなかった。

それでも、ハロルドの冗談は昔の態度と比べれば随分と好意的な種類のものだったし、親しみを表す為のハロルドなりの手段なのだろうとそれらに余り口を挟む事もなかった。

ただ、あれだけ好きだという言葉を連呼するハロルドに、何も思うところがなかったかといえば嘘になる。
自分達が同性であるという事を度外視して、ひょっとしたら恋慕だとか、そういった類のものなのかと考えを巡らせた事もある。
それでも、最終的には自分の自意識過剰だという結論に辿り着いた。

それほどまでにハロルドの態度は何も変わらなかったから。

平然としている。
こちらをからかうように微笑んでいる。
普段のハロルドと何らかわらないハロルドだったから。

しかし、ここへ来てそれが覆されてしまった。

あの出来事からこちら、あからさまに避けられているのだ。

ハロルドが自分のラボに篭って出てこない。
話をしようと訪ねて行っても、忙しいだの何だのとかわされる。
とかく、徹底した門前払い。
言葉どころか、視線を交わすこともままならない。

分からない。
どうすればいいのだろう。
私はどうすればいいのだろう。





あの出来事以来、ディムロスが度々部屋を訪れたが、追い返した。
だって、どんな顔をして会えばいいのか分からない。
日が経てば経つほど顔を合わせ辛くなる事は分かっていたが、やはり上手く笑える自信がなかった。

幸い、ディムロスは公私を混同するような性格ではなかった為、仕事中にどうしても顔を合わせなければならないときも、先日の事には触れられずに済んだ。
唯一の救いだと思った。

そしてあの日から、一週間。
ディムロスの追及の手がピタリと止んだ。

仕事が忙しいのだろうか。
それとも、オレの気持ちに気がついて、友人としてのオレを見限ったのだろうか。

仕事中に顔を合わせた時にさりげなくその顔色を伺ったが、読み取る事はできなかった。
ただ、その悩ましげな表情に、先日の事で困らせてしまった事は確かだと思った。

「……見限られた、かな。」

もしくは無かった事にされたのかもしれない。
先日の事はディムロスの中で消去されてしまったのかもしれない。
そう考えて、有り得ると思った。
ディムロスの性格を鑑みるならそれが一番確立の高い事だった。

それならば、オレも何も無かったように振舞うべきだ。
最終的に誤魔化しを含んだとはいえ、抑圧することなくそのままの気持ちを伝えたという事実に満足して、いい友人として振舞うべきだ。

もうそれでいいじゃないか。
満足すればいい。
諦めろ。

「八年、かあ……。」

ベッドに身を投げ出しながら呟く。
シーツに寄った皺を見つめながら、長いようで短かったなと思いを馳せる。

出会った直後は嫌いだった。
顔を見るだけでも虫唾が走った。
無遠慮で、無神経で、他人の領域を平気で侵すような態度が気に喰わなかった。
他人に好かれたいだなんて思いを欠片も持たないオレは、ディムロスに対して平気で怒鳴り散らしたし、今なら考えられないような暴言も吐いた。
それでもディムロスの態度は変わらなくて、他人に受け入れられるという事をオレは初めて知った。
初めて他人に好かれたいと思った。
初めて、他人を好きだと思った。

だから、伝えようと思った。

『オレ、結構ディムロスの事好きかも。』

当時のオレにはそれで精一杯だった。
曖昧にぼかして、婉曲な言い回しをして、ふざけたような抑揚をつけて。
実際には、手は震えるし、口の中は酷く乾燥するし、心臓は耳の隣へと移動したのではないかという位に耳の血管をどくどくと激しく打ち鳴らしていて、オレは酷く戸惑っていたのだけれど。

『そうか、ありがとう。』

オレに嫌われていると思っていたディムロスは、ただ単純に喜んだ。
実際にそれまでは嫌っていたのだから、その態度は間違いではない。
だが、以降もそれが覆る事はなかった。

何故ならオレが真面目に伝える事を放棄したから。
自分の気持ちを隠さずに伝えて、拒否されるのが怖かったから。

初めて、他人に嫌われる事が怖いと思った。

それからずっと、歪曲した告白を続けていたのだ。
ディムロスが気付く訳はない。

「どうすれば、いいんだろう……。」

呟きと共にオレは眠りに落ちた。





どうすればいいのだろう。
自分の中で、未だに答えは出ていなかった。

「もしかして……。」

もしかして自分は、本当にそういった意味でハロルドに好かれていたのだろうか。
だとしたら、一体どれほど酷な事をしてきた事だろう。
ハロルドもいい加減、嫌になったに違いない。
私の事を見限ったとて仕方がない。

今こうして避けられているのは、自分がハロルドの言葉の意味を考える事を先送りにしていた所為だ。

「ハロルド……。」

遠征になれば、一月も二月も会わない事もあるのだ。
それを考えれば何という事はない、たった一週間という時間。

今、会えないという、ただそれだけの事がどうしてこんなに辛いのだろう。
自業自得だというのに、どうしてこんなに辛いのだろう。

書類を捲りながら考える。
ああ、今日も徹夜だ。
ここ数日の仕事の何と忙しい事だろう。
弁明さえも自分はさせて貰えないのだろうか。

「どうすれば、いいのだろう……。」

全ては自業自得だというのに。

書類を捲る音が室内に響く。
夜が更けていく。





ぼんやりと目を見開くと、白い天井が見えた。
辺りはまだ薄暗い。
時計を見遣ると、時刻は四時半と表示されていた。

「あー……、そのまま寝ちゃったのか。」

羽織っていた白衣は皺だらけになっていた。
憮然とした表情でゆっくりと起き上がり、そのままベッドに腰掛ける。
どうせいつもの低血圧だ。
このまま三十分は動けないだろう。
立てた膝に頭を預けて、深い呼吸を繰り返した。

夢の内容をぼんやりと思い出す。
何年か前に、幼い嫉妬でアトワイトに食ってかかった時の事。

『私はディムロスが幸せならそれでいいだけだもの。』

アトワイトに言われた言葉が頭の中にチラついた。
彼女のような自信は、オレにはない。

「……諦める、か。」

ずるずると年数を重ねれば重ねるほど、それにしがみつくようになってしまう。
もういい加減見切りをつけるべきなのだ。

そうだ、諦めよう。
決心をした途端に、ふと笑みが零れた。

何だ、笑えるじゃないか。

大丈夫だ。
自分はちゃんと笑える。
今度ディムロスに会ったら、笑って、冗談だったと言ってやろう。

そう思った瞬間に、控えめなノックが聞こえた。
それはディムロスだと、何故か確信めいた気持ちでオレは扉へと向かった。





漸くの事で仕事を終えて、深く溜め息を吐く。
ハロルドの部屋を訪ねようかとも思ったが、時計の短針は四時を指し示した所だった。
流石にこの時間に訪ねるような非常識な真似は出来ないと思い直す。

ここ数日というもの、殆ど睡眠を摂れていなかった。
きっと今、自分は酷い顔をしているだろうなと思いながら、ベッドに横たわる。

「…………。」

折角出来た時間で仮眠を摂ろうと思っても、眠れない。
脳内を過ぎるのは、あの時のハロルドの言葉ばかり。

考えれば考えるほど、ハロルドは自分を好いてくれていたのではないかと思えてくる。
そして同時に罪悪感に苛まれる。
自分は気付いてもよかった筈だ、いや、気付かなければならなかった。

少なくとも、こんな事態に陥る前に。

「……駄目だ。」

駄目だ、やはりハロルドに会わなければならない。
時間を気にしている場合ではない。

例え勘違いだったとしても構わない。
その所為で自意識過剰だと思われたっていい。

自分には訊かなければならない事があるのだ。

ベッドから身を起こすと、急いでハロルドの部屋へと向かった。
そのまま焦って、力任せにノックしそうになるのを堪える。
幾ら話をしなければならないとはいえ、流石に叩き起こすような真似はしたくない。
小さく一息吐いて、静かにドアをノックする。

扉は意外にも、すぐに開かれた。

「ディムロス……。」

中から現れたハロルドは、どうやら寝起きらしかった。

「すまない、起こしたか?」
「いや、起きてたよ。」

今のノックで起こしたのだとしたら、こんなにすぐには出てこられないだろうから本当に起きていたのだろう。
何せハロルドの低血圧は筋金入りだ。

「話がしたい……。入っても構わないか?」
「何だよ急に、改まって。」

ハロルドがおかしそうに笑いながら、私を部屋へと招き入れる。
その笑顔を見て愕然とした。
自分はずっとこんな顔をさせていたのだろうか?

だとしたら気付くのが明らかに遅すぎた。
私は何と愚かだったのだろう。

「ハロルド、一つ聞く。馬鹿な事をと思うかもしれないが……。」
「うん?」

浅く呼吸をして、肺の空気を入れ替える。
審判を待つような心持ちで、ハロルドに尋ねた。

「お前は……お前は私が好きなのか?」





訪ねてきたのはやはりディムロスだった。
直感が先に立ったが、考えてみればこんな時間に訪ねてくる用があるのはディムロス位しかいないと後で気が付いた。

「話がしたい……。入っても構わないか?」
「何だよ急に、改まって。」

その言い方に、ああ、やっぱり気付かれていたのかと思った。
からかうように笑って、ディムロスを招き入れる。
大丈夫、いつも通りだ。

「ハロルド、一つ聞く。馬鹿な事をと思うかもしれないが……。」
「うん?」

躊躇いがちな前置きをするディムロス。
次に続く言葉を知っていながら、オレはまるで分からないという顔で続きを促した。

「お前は……お前は私が好きなのか?」

少し間を置く。
噴き出して、笑う。

「唐突にどうしたんだ、ディムロス。友達なんだから当たり前だろ?」

全て計算通りだ。
上手くいった。
自分はちゃんと演じられた。

これでディムロスは困ったように笑って、いつものように引き下がる筈だ。

「嘘を吐くな。」

……いつもなら、引き下がる筈なのに。

「何でオレが嘘なんか吐くんだよ……。」

呆れたように溜め息を吐く。
内心では必死で次の手を模索しながら、それでも平然とした顔を作ってみせる。

「私が悪かったから、そんな嘘を吐くな……。」

何でお前が謝るんだ。
おかしいだろう。
こんなの想定外だ。

どうすれば、いい。

「すまなかった、ハロルド。」
「何謝ってんだよ、ディムロス。意味わかんねー。」

焦りが前に出そうになる。
声が上擦りそうになる。

「ハロルド……!」

ディムロスの碧の瞳が真っ直ぐにこちらを向いた。
駄目だ、焦るな。
落ち着け。

「……んだよ。」

自制する心とは裏腹に、声が掠れる。
本音が口を突いて出る。
そんなのは嫌だ、隠さないと。

「何だよ……もういいんだよ。お前なんか嫌いなんだよ。」

領域を侵される。
怖い。

「はは、オレがお前の事好き……?」

乾いた笑いが浮かぶ。

「何言ってんだよ。お前、頭おかしいんじゃないの。」

昔のような暴言が口を突いて出た。

ディムロスの瞳が見開かれたのを見て、言葉の取捨選択を間違えた事を知った。
それが余計な焦りを生む。

「……いいんだ。もういいんだ。嫌いなんだよ、お前なんか。」
「ハロルド……。」
「嫌いだ! 嫌いだ嫌いだ嫌いだ! ディムロスなんか嫌いだ!」

子供のように叫ぶオレの腕をディムロスが取る。
大きな掌。

「触んな……っ!」

思わず弾き返した。

「もういいんだよ、諦める事にしたんだから! お前なんかもう好きじゃないんだから!」

今度は力ずくで引き寄せられた。
逃れようともがくけれども、体格差を考えるとどうしてもそれは無理だった。

「離せよ!」
「ハロルド、私が悪かったから……。」

抱き寄せられて、ますます困惑する。

やめてくれ。
もう諦めさせてくれたっていいじゃないか。
もう疲れたんだよ。
ちゃんといい友人を演じてみせるから、もう諦めさせてくれよ。

「おまえなんか、きら……。」

嫌いだという言葉の途中で、唇を塞がれる。
触れるだけのキス。

そっと口を離してディムロスが呟く。

「私は好きだ。」

何が、起きた……?

「私はお前が好きだ。」

真摯な碧の瞳が告げる言葉が分からない。
理解できない。

「はっ、何言ってんだよ……。」

やっとの事でそれだけを口にする。

「お前が傍からいなくなるのは耐え切れない。この十日ほどでそれを痛感した。」

ディムロスは一体何を言っているんだ。

「馬鹿言うなよ……お前には、アトワイトがいるじゃないか。」
「彼女とは別れる。」

唐突に何を言い出すんだろう。
ディムロスはとうとうおかしくなってしまったのだろうか。

「何で、そんな……。」

ディムロスはオレの肩口に顔を埋めるとくぐもった声で呟いた。

「彼女より、お前を失う方が耐えられない……。」

悲痛なその響きに、思わず気が抜けた。

「は、はは……ははははは、馬鹿じゃねーの。」
「馬鹿だろうが何だろうが、構わない。」

くつくつと、笑いが湧き上がる。

「ほんっと、馬鹿だよお前……。」

ディムロスの背にそっと手を伸ばす。

「折角、諦めてやろうと思ったのに……。」

そう呟くと、ディムロスの腕の力が強まった。

「諦めさせてなんか、やらん。」
「お前が気付くのが遅いからだろ……。」
「それは、悪かったと言っているだろう……。」

責任転嫁するオレに、律儀に謝るディムロス。
それがおかしくて、思わず笑ってしまった。
つられるようにディムロスも笑う。

「ばーか。」
「馬鹿で悪かったな。」

軽口を叩き合って笑う。
何だろう、こんなの久しぶりだ。

「…………でも、ディムロスのそういうトコ好きだぞ。」

そう言ってやると、ディムロスは照れ臭そうに更に顔を肩口に埋めてきた。
息がかかってくすぐったい。
全く、オレは今まであれだけ好きだと連呼してきたじゃないか。
何を今更照れているのか。

そう思った、次の瞬間。

ディムロスがずるずるとその場にくず折れた。

「え、おいっ、ディムロス!?」

慌てて様子を見ると、どうやら気を失っているらしかった。

「うわぁああっ、あ、アトワイトー!!」

オレは慌てて医務室まで走り出した。





「睡眠不足による疲労です。」
「…………睡眠不足?」

アトワイトはあっさりとそう診断すると、手早くカルテを書き始めた。
先程、漸く気がついたディムロスがベッドの上で恥ずかしそうに視線を逸らしている。

「大方、仕事に忙殺されながら慣れない考え事でもして寝てなかったんでしょう。」
「…………。」
「極度の緊張から糸が切れて、そのまま倒れちゃったのね。」

見透かしたように言うアトワイトに、ディムロスはただ黙り込んでいた。

「全く、馬鹿ねえ。」

溜め息を零しながらカルテを閉じて、アトワイトはディムロスの様子を覗き込んだ。
ディムロスは、それに躊躇いながら呟いた。

「アトワイト、その……。」

ディムロスの顔色を見ていたアトワイトがその目を瞬かせる。

どうしよう、オレはここにいるべきなんだろうか。
ディムロスやアトワイトは気まずくはないだろうか。
オレ自身は物凄く気まずいが。

「別れて、くれないか。」

ディムロスが静かに告げる。
アトワイトは僅かに目を見開くと、オレとディムロスを交互に見つめた。
何もかもバレているらしい。

「……いいわ。」

そう言って、アトワイトはディムロスにキスをした。
そして、それに戸惑うディムロスの頬を叩き飛ばした。

乾いた破裂音が部屋に響く。

「これで許してあげる。」

にこりと微笑むアトワイトは優美で、その表情は何処となく優しかった。

「…………すまない。」
「いいのよ。」

叩かれて赤く腫れた頬にそっと手を遣って、ディムロスが呟いた。

「仕方がないなあ。私、シャルとでも結婚しようかしら。」
「…………。」

冗談にしても程がある。
本人が聞いたら卒倒しそうな台詞だ。

アトワイトがちらりとこちらを見遣った。
視線だけで意図を読み取ると、オレはそっと医務室を出た。
アトワイトもそれに続く。

「オレも、殴っていいよ。」

廊下に出るなりそう言って、そっと目を閉じる。
歯を食い縛って衝撃に備える、が、頬に触れたのは柔らかな感触だけだった。

「え。」

目を開くと悪戯な笑みを浮かべたアトワイトの姿が映った。

「なんで……。」

キスされた頬を押さえながら尋ねると、アトワイトは困ったように笑ってこう言った。

「だって、しょうがないでしょ。あそこで叩かなかったらディムロスがずっと罪悪感を引きずるじゃない。」

手首をひらひらと振りながらあっさりとそう言いきったアトワイト。
見事としか言いようがないほどに、ディムロスの性格を読み切っている。
思わず感嘆の溜め息を漏らすオレを面白そうに眺めて、アトワイトは呟いた。

「仕方ないわよね。やっぱり、好きな人と一緒に居る時が一番幸せに決まってるんだから。」

思わずしどろもどろになるオレの頬にそっと手を添えてアトワイトが告げる。

「幸せにしなかったら、許さないから。」
「……分かってるよ。」
「よろしい。」

アトワイトが医務室の扉を指し示す。

「私、三十分ほど用事があるのよね。」

要約すると、三十分だけ二人きりにしてやるという事なのだろう。

「さんきゅ。」
「どういたしまして。」

アトワイトに礼を告げて、オレは医務室に戻った。





ディムロスを覗き込むと、もう既に寝息を立てていた。
睡眠不足だという見立ては正しかったのだろう。

「好きだぞ、ディムロス。」

呟いて、そっとその蒼の髪を梳いてやる。
するとディムロスは気恥ずかしそうに顔まで布団の中に潜り込んだ。

「…………ん?」
「……………………。」
「…………ひょっとして、狸寝入り?」

途端にこちらも恥ずかしくなってくる。
まさか、起きていたとは。

「寝ようとしていた時にお前がそんな事を言うから……!」

布団の中からぼそぼそと声が聞こえる。
どうやらウトウトと寝入り始めていた所だったらしい。
しかし、態とではないにしろ、これは何だか恥ずかしい。

「あー、もー、馬鹿!」
「うるさい。」

軽口を叩く。
ディムロスが返す。
本当に久しぶりの感覚。

何だろう、酷く安心する。

途端に睡魔が襲ってきて、そのままベッドサイドに頭を預けてしまった。
そういえば、オレ自身もあまり寝ていなかったのだと思い出す。
そのまま、医務室特有の消毒液の香りに包まれて、オレは夢の中へと落ちていった。





「全く、早朝から人を叩き起こしておいて色気の欠片もない……。」

三十分の時を経て医務室に戻ってみると、ベッドで眠るディムロスと、ベッドサイドに頭を載せて眠るハロルドがいた。
思わず零れた溜め息は途中から欠伸へと姿を変えた。

「……私も寝ようかしら。」

ハロルドの隣で、やはりベッドに頭を預けてまどろむ。
清潔なシーツの香りに、胸が透き通る思いだった。










ハロルドが報われるハロディム……ってこんなカンジでいいんでしょうか^▽^;
報われた……かな?

ハロルドとディムロスがうざすぎて途中でイライラしながら書いてましたwwwww
何、こいつら!^▽^
とんだ少女マンガだよ!^^^^^

しかし、それにしても長ッ!!
これだけ書いておいてここまで纏まらないというのも困ったものです

あと、ハロルドがちょっと情けなさすぎますね^^^