眠れない夜というものは、どうしても訪れるものだ。
いや、正確にいうならば今は夜ではなく午前九時で、とどのつまりは朝なのだけれど。
「…………部屋に帰って早く眠ったらどうだ。」
連日徹夜続きでの仕事を終わらせて、そのまま偶々非番だったディムロスの部屋に押しかけた。
その途端にこの発言だ。
「眠りたくても眠れねえの。殆ど寝てないから、交感神経が逆に活発になったのかなあ。」
「全く、あれほど仕事を早く終わらせておけと言ったのに……。」
ディムロスが呆れたように溜め息を吐く。
そうは言うが、睡眠不足の原因はどちらかというと緊急で入った仕事の所為なのだから、これは仕方がない事なのに。
まあ、ついでに普段から溜めていた仕事も纏めて片した事は事実だが。
そもそも、こいつは人には何かと口煩いのだ。
きちんと三食食べろだとか、夜は確りと寝ろだとか、煙草は吸うなだとか……。
自分は平気で三日や四日の徹夜をする癖に。
「じゃあさあ、此処で寝るから子守唄かなんか歌ってよ。」
部屋のソファに寝そべって提案する。
ディムロスは困ったようにしてベッドを指差した。
「そちらを使って構わないぞ?」
「んー、ここでいい……。」
眠れない事は確かだが、確実に体にはガタが来ていた。
思考は鈍重だし、関節は鈍く痛む。
だるい、しんどい、なるべく動きたくない。
疲れに身を任せてオレは目蓋を閉じた。
視覚というものは脳の処理する情報の中でもかなりの量を占めているものだと、こういう時つくづく実感する。
証拠に、目を閉じるだけで少し楽になる。
「ほら、歌。」
子供のように強請ると、ディムロスは仕方がないなと溜め息を吐いた。
「私はあまりこの地域の歌は知らんぞ……。」
そう前置きをするディムロスに、言葉とはつかぬあやふやな声で肯定を返す。
どうやらオレは相当に疲れているらしい。
返事すら碌に返せやしないとは。
ディムロスが口を開く。
低い声の響きが異国の旋律を紡いだ。
それに、瞑っていた目を思わず見開く。
「開音節言語だな……。」
疲れも忘れてポツリと呟くと、ディムロスが歌うのを止めた。
「何だ?」
「開音節言語、全ての言葉が母音で終わるからメロディーにのせて歌いやすいんだよ。」
だから、美しいのだと何処かの学者が言っていた。
確か、チョコとチーズと時計の国の人間だ。
「ほう、そういうものか。」
「そういうものなの。」
妙に感心するディムロスを無視して、再び目を瞑る。
「いい響き、もっと歌えよ。」
そういうと、ディムロスは呆れたように溜め息を吐いて、それからまた歌いだした。
そういえばこいつの名前も”音色”ではないか、と思わず苦笑が零れた。
課題の論文読んでたら何かそんなような事が書いてあったので、絡めて書いてみました
ディムロスは「とりあえず異国の歌」という認識で、歌詞の意味とかは分からずに歌っていたらいいかなあ……とかぼんやり考えてました