誰もいない部屋、椅子に腰掛けて足をぶらぶらと揺らしながら主の帰宅を待つ。
目の前の机に伏せた顔を傾けて柱に掛かったシンプルな時計を見遣ると、針は疾うに一時半を回っていた。
やれやれ、また残業しているのだろうか。

「全く……。」

溜め息を零しながら、瞳を閉じようとした時だった。

ガチャリ。

部屋の扉の開く音がした。
漸くの帰宅に、視線だけをそちらへ遣ると主は少なからず驚いたようだった。

「ハロルド……?」

メルはパチパチと目を二、三度瞬かせると問い掛けるようにそう呟いた。

「来ていたのか……明かりくらい点けたらどうかね?」
「来ちゃいけなかったワケ?」

微笑んで、電気を点けるメルにオレはぶっきらぼうにそう言った。

「何を言うんだ。そんな筈がないだろう。」

メルは困ったようにそう言って、オレの傍へと歩み寄った。
それに応えるべく、体を起こして迎える。
代わりに、椅子の上で膝を立ててその上に頭を載せた。

「ただ、君が此処へ来るなんて珍しいからね。どうかしたのかい。」
「別に。」

別に何か用があった訳ではない。
ただ単に、ふと訪れたくなっただけだ。

「そうか、では私に会いにきてくれたのかね。」
「そんなトコ。」
「それは嬉しいね。」

メルは顔を綻ばせると、オレの髪を撫でるように梳いた。
全く、相変わらずの親バカだ。

此処は、言わば実家だ。
オレ達兄弟の育った家そのもの。
懐かしいその匂いに目を細めながら、メルの胸に頭を預けた。

「眠い……。」
「子供がこんな時間まで起きているからだよ。」

いつまで経っても子ども扱いを改める気はないらしい。
仕事となれば、平気でこちらの睡眠時間を削るような書類を回してくる癖に。

「オレ、もう二十三歳なんですけど……。」
「仕方がないね。何年経とうが君達が私の子供である事に変わりはないんだから。」

メルは悪戯っぽくそう言って、こくりこくりと舟を漕ぐオレの体をあっさりと抱え上げた。

「ほら、寝るならベッドで寝なさい。」
「うーん……。」
「私はもう中年だからね、抱っこをするのはいいけど体力がないぞ。」

渋るオレの背中をぽんぽんと叩いてメルは言った。
全く、未だにその腕力は健在の癖してよく言ったものだ。

「今日はメルと一緒に寝るー……。」

どろどろと溶け出すような睡眠欲に溺れながら、何とかそれだけ呟く。

「じゃあ、一緒に寝ようか。」
「んー……。」

うとうと。
メルの嬉しそうな声に小さく返事をした。
沈みそうな意識の合間に、ふと言い忘れていた事を思い出す。

「メル……。」
「どうした、ハロルド。」

動かす事さえ重たい口で、何とか小さく呟いた。

「おかえりなさい。」










リトラーさんとハロルドで親子話を書いてみたかったのです^▽^
そうしたら予想外にハロルドが子供返りを起こしてビックリしました……

暗い部屋でリトラーさんの帰りを待つハロルド……7歳くらいなら可愛いんだろうけど、こいつ23歳なんだぜ……