頭が痛い。
体が重い。
「……まずいな。」
どうやら風邪をひいてしまったらしい。
いや、おそらくは風邪というより、疲労により体力が極端に落ちている……というのが正しいだろう。
「これは、ディムロスに何を言われるか分かったもんじゃない……。」
体調管理には散々口煩く言われているのに、このザマだ。
アトワイトにも文句を言われるかもしれない。
「薬……くそ、切らしてるか。」
アスピリン系の風邪薬くらい製法を調べれば自分で調合できない事もないだろうが、それをするくらいならばベッドで大人しく寝ている方が良策だろう。
「あー……イクティノスなら、くれるかもしんねえけど……。」
そこからディムロスやアトワイトに露呈する事は確実だろう。
いや、その前にイクティノスの小言を食らうだろうか。
「ううっ……くそ……!」
寒気までしてきた。
熱も出ているのかもしれない。
薬を諦めて、ベッドにそのまま身を投げ出す。
「もう、いいや……。」
どうにかはなるだろう。
ぐらぐらと揺れはじめた視界は、そのままシーツの波に沈んで消えた。
ふと、目を開くと兄貴の顔が見えた。
「ハロルド……! 良かった、気が付いたかい?」
「あ、にき……?」
出した声は熱の所為か酷く擦れていた。
「なんで……。」
「ああ、余り喋らない方がいい。」
言って、兄貴は飲み物を差し出した。
それを受け取って起き上がろうとする。
ぐらり。
世界が揺れた。
「ああ、ダメだよ。まだ寝てないと……ほら、兄ちゃんが飲ませてあげるから。」
何処からか用意してきたらしい水差しで、飲み物を飲ませて貰う。
途中で咳き込んで溢した分は兄貴が確りと拭いてくれた。
至れり尽くせり。
オレは子供かと言ってやろうかと思ったが、それに頼らなければならない自分は子供と対して変わらなかった。
「兄貴、なんでここに……。」
擦れた声で、それでも何とか尋ねると兄貴は困ったように笑った。
「そんな気が、したんだよね。」
そんな気とはどんな気だ。
オレの視線を読み取ったのか、兄貴がますます困ったような顔をする。
「何だろう、虫の知らせっていうか……双子の勘?」
そんなものが本当に働いたというのだろうか。
「何か、ハロルドが困ってるような気がしたから……ディムロスに仕事押し付けて来ちゃった。」
流石にそれはどうだろうと思う。
次にディムロスに会ったら謝っておこう。
「お粥は食べられそう?」
そう言って兄貴は枕元のトレイの上から布巾を取り払った。
「これ……誰が……。」
「大丈夫、私じゃなくてアトワイトだよ!」
誰が作ったのかを気にするオレに、兄貴は自信満々にそう言った。
……もう少しプライドとかそういったものを持って貰いたい。
いや、兄貴が作った料理を食べるのは絶対に嫌だが。
「じゃあ、食べる……。」
「ほら、あーんして。」
「あー……。」
粥をすすりながら考える。
やれやれ、これでディムロスだけでなくアトワイトにも露呈してしまった訳だ。
まあ、そんな事を気にするより、まずは体調を整える事が先決だろう。
「あ、あと、後でイクティノスが様子を見に来るってさ。」
……イクティノスにまで伝わっていたのか。
これは小言を言われるのは確実だ。
ああ、何て面倒な……。
しかし、周りに面倒を掛けているのは自分なのだ。
文句を言う筋合いはない。
コンコンコン。
その時、室内にノックの音が響いた。
「噂をすれば……だね。」
言って、兄貴が出迎える。
「少将、わざわざすみません。」
「ハロルドの様子はどうですか?」
少将と呼ばれた事に少し顔を顰めながらイクティノスが問う。
「大丈夫……だよ。」
咳き込みながら伝えると、こちらが起きている事に気付いたイクティノスが歩み寄ってきた。
「何が大丈夫ですか。全く、倒れるまで徹夜なんかして……。」
「倒れてないよ……ちゃんと布団で……。」
イクティノスが不機嫌そうに顔を顰めた。
「ベッドに倒れこんで気を失っていたとカーレルから聞きましたけどね。」
ぴしゃりと一喝されてしまった。
兄貴め、余計な事を……。
「こんなに無茶な量の仕事を回して……総司令にも後でキツく言っておかなければ。」
「メルは、悪く……ないって。」
ぜろぜろと不快な音を立てる喉で呟く。
仕事を引き受けたのはオレだし、無茶な量をこなそうとしたのもオレだ。
……結果、こうして倒れていては仕方がないが。
コンコンコン。
再び室内にノックが響く。
「そろそろ食事が済んだかと思って見に来たのだけど?」
そう言って顔を覗かせたアトワイトは、トレイの上に残された粥の量を見るなりにっこり頷いた。
「これだけ食べられたのなら大丈夫でしょう。はい、薬。」
治ったら確実に殴られるだろうな……。
そんな事を考えながら、アトワイトの用意した薬を水で飲み干した。
「全く、貴方はすぐ無茶するんだから。」
「分かってる……悪かったって。」
「おや、珍しく殊勝ですね。」
イクティノスがくすくすと笑った。
うるさい、と言おうかと思ったその瞬間。
コンコンコン。
またも室内にノックの音が響いた。
「……本当に体調を崩していたのか。」
ディムロスの驚いたような声が聞こえた。
まあ、双子の虫の知らせだの何だので仕事を押し付けられたのだから当然だろう。
「悪かったな、ディムロス……兄貴が……。」
呟くとディムロスが慌てて寄って来て言った。
「声が出ないのだろう。無理をするな。」
そう言って心配そうにこちらを覗き込む。
何て賑やかな病室だろう。
全く、揃いも揃って心配性ばかりだ。
小さく溜め息を吐いた所で、オレの意識は再び沈んでいくのだった。
携帯で書いてた話
ハロルドが風邪をひいたりだとか……
みんながお見舞いにきてくれて、結構自分は愛されている事を自覚してもいいと思います^▽^