最初は、こんな奴嫌いだった。
虫唾が走るとさえ思っていた。
ああ、何でこんなの好きになったんだろう。

「どうかしたか、ハロルド?」
「……べーつにー。」

視線を感じたのか、ディムロスがこちらを振り向いて尋ねる。
返事をかえす事すら億劫な気持ちになりながら、それでも何とかそれだけを口の中でもそもそと呟くと、ディムロスは再び机に向かうのだった。
その蒼髪を見つめながらぼんやりと思う。
休みの日までご苦労な事だと。

生真面目が過ぎて、融通が効かなくて、頑固で、熱血漢。
どれを取っても自分には面白くない所ばかりだ。

何でこんなのを好きになったのか、全く持って分からない。
顔はまあまあ整っているけれど、どう贔屓目に見ても兄貴やオレの方が綺麗な造りをしていると思うし、東部の生まれにしては肌は白いけれど訓練や任務で傷だらけだ。

ていうか。
そもそも男だし、でかいし。
子供が欲しいだとか、そういう願望が欠落しているオレにとって性別だとかは、まあ割とどうでもいい事なんだけれど、それにしたってもう少し選択肢はあると思う。

ああ、オレは確かにこいつが嫌いだった筈なのに。





「ハロルド=ベルセリオス。」

廊下を歩いていると、背後から呼びかけられた。
もう最近では聞き慣れた低い声音。
それを無視して歩き出そうとすると、忙しない足音が駆けて来て隣に並んだ。

「そう邪険にするな、ハロルド=ベルセリオス。」
「…………オレに何か用事でもあるワケ?」
「いや、ない。」

うっとおしいという気持ちを視線に込めて投げかけるも、当の本人は全くそれを気にしていない様子であっさりと言い切った。
その様にますます苛立ちが募る。

「じゃあ、どっか行けよ。」
「断る。」
「何でだよ。」
「私がお前と仲良くしたいと思っているからだ。」
「オレは思ってない、どっか行け。」

即答で切り捨てるも、コイツは食い下がった。

「親友の弟とも仲良くしたいと思って何が悪い。」

いつの間にやら兄貴に取り入ったらしいコイツは、今度はオレにまでちょっかいをかけてきている。
あの兄貴が絆されるのだから、間違いなく根っからの善人なのだろうがそういう所がまた腹立たしい。

「だから、兄貴と仲良くしてりゃーいいだろうが。オレに構うな。」

そう言って、足早に置いて行こうとすると腕を掴まれた。

「あ、おい。待て、ハロルド=ベルセリオス!」
「触んなよ!」

それを振り払って睨みつける。
触れられた袖口を乱暴にはたいて呟く。

「オレは、お前なんか嫌いだ。」

奴は追ってこなかった。





「ハロルド=ベルセリオス。」

懲りたかと思えば、翌日には昨日と変わらぬ様子で話しかけてくる。
全く、無神経にも程がある。

「…………何?」

今日は教室の机に座っている所を話しかけられた。
廊下ではなかった為、逃げ場がない。
仕方なくそう返すとコイツは真剣な面持ちで話し始めた。

「私の何処が嫌いなんだ?」
「…………はあ?」

何を言い出すのかと思えば……。
あまりの馬鹿馬鹿しさに眩暈を起こしそうだった。

「お前は自分を欠点のない完璧な人間で、誰からも好かれる筈だとでも思ってるワケ?」
「そんな事を思っている訳ではない。ただ、何処が嫌われているのか分かれば改める事が出来ると思っただけだ。」

余りに優等生ぶった回答に吐き気がした。
いや、ぶっているのではなく実際にコイツはただの優等生なのだ。
いい子である事が正しいと思っている。
苛々する。

「お前がそうやってオレに話しかけてくる所。」

吐き捨てるように呟く。
すると、目の前でコイツは真剣に悩み始めた。

「……それを改めるのは難しいな。それではお前と仲良くなれそうにない。」
「だから、仲良くしたいなんて思っちゃいねーんだよ。」
「私は思っている。」

ダメだ。
コイツは本物の馬鹿だ。

「悪いけどさ。オレ、自分の家族以外好きじゃねーんだわ。」
「…………。」

父親代わりのメルとイクティノス。
そして、兄貴。

「他人なんてどうやったって受け入れられない。無理。」

そして、家族以外でオレを受け入れられる人間も存在しない。
だから友人なんていらない。

「…………それは違わないか。ハロルド=ベルセリオス。」
「ああ? 何がだよ。」
「上手く説明できないが……。」

だったら言うな。
ああ、さっさと休み時間が終わって授業が始まればいいものを。
そうすればこの鬱陶しい奴は黙って自分の席に戻るだろうに。
時計を見遣る。
あと少し。

「家族とは増えるものだろう。」

チャイムが鳴った。
それだけを呟くと、生真面目なコイツは慌てて席へと戻って行った。

家族が、増える?

その言葉だけが残されて、オレはただ当惑するしかなかった。
家族が増える。
増える。

そんな事、考えた事もなかった。
一体どういう意味だろう。

ああ、ダメだ。
分からない。
気になって仕方がない。
全く、アイツは何故説明してから行かなかったんだ。

聞かずとも分かる退屈な授業の間、オレはずっとそれだけを考えていた。





「おい。」

放課後。
あれから散々探し回った、蒼い後姿に声をかける。
えっと、コイツ……名前……なんだっけ……。

「おい、じゃない。ディムロスだ。」

コイツ、もといディムロスは振り返るとこちらへと歩み寄りながら呟いた。

「お前から話しかけて来るとは珍しいな。ハロルド=ベルセリオス。」
「そんな事はどうでもいいだろ。さっきの、どういう意味だ。」
「さっきの……?」

ディムロスが不思議そうな顔をする。

ああ、もう、自分で言った事くらい覚えておけ!
本当に苛々する。

「家族が増えるって話だよ!」
「ああ、それか……。」

ディムロスが思い返すように呟く。

「つまらない事だ。」
「いいから。何でそういう結論になるのかって聞いてるんだよ。」

少し困ったような顔をして、ディムロスは話し出した。

「……他人同士が知り合って夫婦になるだろう。夫婦の間に子供が出来て家族になるだろう。子供が結婚すれば更に家族が増えて、孫が生まれればもっと家族は増えるだろう。」
「…………。」
「だから、家族というのは繋がりが増える事で、時間を共有する事じゃないかと思ったのだ。」

照れ臭いのだろうか、少しぶっきらぼうな口調になりながらディムロスが説明する。

「だったら、家族を好きになれるお前が他人を好きになれない筈がない。そうだろう、ハロルド=ベルセリオス?」

家族が、増える。
繋がりが、増える。

「それは友人にだってきっと当てはまる。時間を共有していけばいいだけの話だ。」

誰かと共有する時間が、増えていく。

「私はお前と友人になりたい。ハロルド=ベルセリオス。」

真摯な碧の瞳。
差し出された掌。

「…………馬鹿じゃねーの、お前。」

俯いて呟く。

「友人になりたいってんなら、そのフルネーム呼び何とかしろよ……。」

違う、こんな事を言うつもりではなかったのに。
思わず口を滑らせた自分を恨めしく思った。

「ん、そうか。そうだな……。」

しかし、ディムロスはそれを正面から受け止めると、ふむ、と頷いて言い直した。

「悪かった、ベルセリオス。」

ああ、なんて馬鹿馬鹿しい。
思わず苦笑が零れた。

「……バーカ、こういう時はハロルド、って呼ぶもんだろ。」
「そ、そうか……。」
「普通はそうだろ、兄貴と間違えてややこしい事この上ない。」

妙な屁理屈を捏ねるオレに、何の疑問も持たないディムロス。
ああ、やっぱりコイツは馬鹿だ。

「改めて言おう。私はお前と友人になりたいんだ、ハロルド。」
「やっぱ、お前馬鹿だよディムロス。」

言いながら、ディムロスの掌を軽く叩くように触れる。
ディムロスが小さく笑った。
オレも、何故だか笑ってしまった。

初めて、他人というものに受け入れられた瞬間。
これまで共有してきた時間がなくても、血の繋がりがなくても、自分を受け入れてくれる人間がいるという安心感。

ああ、そうだ。
だからこんな鈍感を好きになってしまったのだ。





「バーカ。」
「唐突に何だ……?」

書類と向き合っていたディムロスが怪訝そうな顔で振り返る。

「言いたくなっただけ。」
「…………何だ、それは。」
「別に何でもないよ。ただ、オレなんかを友人に選ぶなんて、やっぱお前って馬鹿だなあと思っただけで。」

ディムロスは呆れたように溜め息を吐くと、書類を置いてこちらへと歩み寄ってきた。
そして、オレが腰掛けていたベッドにそのままオレの頭を掴んで沈めた。

「何すんだよ!」
「…………寝ろ。どうせまた下らん事でも考えていたんだろう。」
「何だよ、それは。」
「お前は睡眠が足りないと要らぬ事まで考え始めるからな。」

要らぬ事とはあんまりな言い草だと思いながら、寝ていないのは図星の為言い返せなくなる。

「私はお前を友人に選んで後悔した覚えはない。」

…………全く、この男は鈍感で無神経で、本当にどうしようもない。
思わず溜め息が零れた。

ああ、自分は何でこんなのを好きになってしまったんだろう。










ディムロスとハロルドが仲良くなる話でした!
カーレルさんが先に絆されて、兄貴を取られた事もあって、癪だなと思ってたハロルドは元々のディムロスの気質も相まってとてつもなく嫌いになるんだけれども、最終的にやっぱり絆されるとかなんかそんな感じです^▽^

……これは、ハロルドがディムロスとくっつく前の話かな?