ピンポーン。
玄関チャイムが軽やかな音で来訪者を知らせる。
セールスの類だったら面倒だな、と思いながら立ち上がってインターフォンに出る。
「はい、どちら様。」
「開けてくれ、私だ。」
ガチャリという音とノイズの向こうから聞こえてきたのは意外な声だった。
「は、ディムロス!?」
「荷物で手が塞がってるんだ。」
普段なら勝手に開けて入ってくる癖に、と思ったら、どうやらそれが理由らしい。
少し待っているように言って、玄関へと向かった。
「はい、よ。」
玄関の扉を開けると、目の前には見知った蒼髪……ではなく。
一面の緑。
「は?」
驚く暇もなく、それらがバサバサと降って来た。
独特な草の匂いに包まれる。
「すまん、大丈夫か?」
「っぷ、何これ。」
口の中に入った二、三枚の葉っぱを吐き出して尋ねると、ディムロスはそれらを拾い上げながら言った。
「笹だ。」
「笹ぁ? 何でまたそんなもん……。」
「七夕だろう、今日は。」
あっさりとそう言って、ディムロスは勝手にそれらの笹をベランダへと運んでいった。
後からその後姿を追っていくと、ディムロスは笹をベランダの柵に紐で固定しているところだった。
「七夕ねえ……。」
「バイト先で貰ったんだ。」
「はあ、成る程ね。で、何でそれをわざわざオレのとこに持ってくんだよ。」
短冊やら飾りやらが既についているのは、七夕のフェアか何かの名残だろう。
作業を終えたらしいディムロスがこちらを振り返って微笑む。
「お前は季節感がなさ過ぎるからな。」
「そりゃ悪かったな。」
と、いうかこんな行事は恋人とやれ。
何が悲しくて男だけでこんなことをしなければならないんだ。
「短冊もちゃんと買ってきてある。」
問題点はそこではないと思いつつ部屋のテーブルを見ると、コンビニの袋の中に短冊が入っていた。
今日び、コンビニではこんなものまで取り扱うのかと少々の感心を覚えつつ、溜め息を零しながらその袋を破いた。
「はいはい、書けばいいんだろ。」
「ああ、真面目に書けよ。」
「げー。」
今時こんな事を真面目にやる大学生がいるんだろうかと、再度溜め息を零しながらディムロスにペンを貸してやる。
……いや、居たな。
しかも目の前に。
至極真面目くさった顔で、短冊を見つめる緑の瞳。
どうしたものかと思いながら、自分も短冊に願い事を記した。
「何を書いたんだ?」
「学業成就。」
「何だ、つまらんな。」
お前に言われたくないと言うと、ディムロスはそれもそうかと言って笑った。
ディムロスが何を書いたのか気にならない訳ではなかったが、何となく聞くのも憚られるような気がした。
ベランダの戸を開けてこよりで短冊を結ぶディムロスに倣って、自分も短冊を笹に吊るした。
「……なあ、ハロルド。」
「何?」
隣を見ると、空を見上げるディムロスが目に入った。
そのままつられるようにして自分も空を見上げた。
「どれが織姫で、どれが彦星だ?」
「……ベガとアルタイルな。」
この男は星座伝説をそのまま鵜呑みにしているのだろうか。
もう少し言い方を変えてもいいと思うのだが。
「あれが、ベガ。こっちがアルタイルで、あそこのがデネブ。」
「…………よくわからんな。」
指で指すだけでは中々分かりにくいだろう。
特にこんな街中では、星の光はあまりに目立たない。
「じゃあ自分で勉強するんだな。」
「ああ、そうする。」
皮肉をまともに受け取られると困るのだが、まあディムロスに皮肉が通用するとはこちらも思っていない。
「良かったな。」
「何が?」
「晴れなければ、会えないんだろう?」
天空を指差して、ディムロスが笑う。
「馬鹿じゃねーの。」
「会えてよかったじゃないか。」
「はいはい、ディムロス君はロマンチストですことー。」
言いながら、室内へ戻る。
クーラーの室外機の所為でベランダは暑い。
「別にロマンチストという訳ではない。」
「はいはいはいはい。」
不服そうなディムロスの言葉を遮るようにそう言いながらソファに腰掛けて、そろそろバイトを終えただろう兄貴に電話をかけた。
「あ、兄貴? うん、ディムロス来てるから帰りにジュースか何かテキトーに買ってきてよ。うん。うん、七夕だってよ。」
雨が降っていてもディムロスには会えるけれど、何となく今日が晴れで良かったと思った。
七夕の話ー^▽^
うまくオチに向かえなかった^^^^^