「七夕、かあ……。」

ぼんやりと道の脇に見えた笹を眺めて呟く。
七夕フェアだの何だのと、取り立てて言うほど大きな行事ではないものの、ささやかながら世間は普段より賑やかしい。

そういえば、昔は短冊に願い事を書いて吊したものだった。
それは七夕伝説だなんてものを非現実的だと全く信用しない私たちに、手作りの笹飾りを手渡してくれた人がいたからだ。

そんな事を思い出したら、何だか彼に無性に会いたくなった。

「今頃、何をしてるんだろう……。」

夜空を見上げながら小さく呟く。
彼の事だからどうせ仕事をしているんだろうなと思うと、少し笑いが零れた。

「会いたいなあ……。」

自分から家を出ておいて、全く勝手なものだ。
今、こんなにも会いたくて仕方がない。

そう思った時、ポケットの中の携帯電話が震えた。

もしかして、だなんてくだらない事を考える位には、私は彼に会いたかったのだろう。
バイブレーションの音にどきりとしながら、二つ折りのそれを開いた。

ディスプレイに記されていたのは双子の弟の名前だった。

「……もしもし、ハロルド?」

どうやら家の方にディムロスが来ているらしい。
恐らくは七夕だからだろう。
彼は何だかんだでこういう行事が好きだから。

『うん、七夕だって。』

ハロルドに尋ねてみたところ、当たりだったらしい。
全く分かりやすい事だ。

「分かった、じゃあジュース買って帰るから。」

そう言って通話を切った。もしかしたら、なんてものは酷く空虚な妄想だ。

「私はそんなにメルヘンじゃないんだけどなあ……。」

普段ならきっとそんな事、考えもしないのに違いない。

三人分のジュースと、それから何かお菓子でも買って帰ろう。

そう思って、近場に見えたコンビニにぶらりと立ち寄った。
夜道からの店内は酷く眩しかった。

先にスナック菓子などのコーナーを見よう、飲み物をずっと手に持っていたらぬるくなってしまうだろうから。
そう考えながら菓子のコーナーへと通路を入って、幾つかをカゴに入れた所で、後ろから声をかけられた。

「カーレル……?」

聞き間違えようのない、余りにも耳によく馴染んだ声。

「……イクティノス。」

振り返るとそこには、会いたくて仕方のなかった人がいた。
驚きのあまりに、目を見開く。

「全く、こんなものばかり買い込んで……。」

イクティノスはカゴの中身を見遣るなり、しかつめらしく保護者の顔をして言った。

「急にディムロスが訪ねてきたもので。」

それらをディムロスの所為にしてしまって、小さく苦笑する。
イクティノスは嗜めるような顔で苦笑を返して、仕方がないですねと呟いた。

「折角ですから、イクティノスもどうですか。ディムロスが笹を持って来ているんです。」

そう言うと、イクティノスは少し驚いた顔をして、それから笑った。

「そうですね、それもいいかもしれませんね。」

商品をレジに通してから、イクティノスと並んでコンビニを出る。
夜空はくっきりと晴れ渡っていた。

「いい天気ですね。」

夜中にこんな台詞を呟く事もなかなかにないものだ。

荷物を持っていない方の手で、そっとイクティノスの手を握った。
こんな日くらいは、きっと許される事だろう。

「ええ、綺麗ですね。」

イクティノスが笑った。





もし、今日雨が降っていたら、ディムロスは笹を持っては来なかっただろう。
もし、今日雨が降っていたら、私はコンビニに立ち寄ったりせずにそのまま帰宅していただろう。

もし……。
そんな、偶然の巡り合わせ。

晴れたから会えた、だなんて。
ああ、まるで七夕伝説みたいだと、そんな事を思う位には、私は彼に会いたかったのだ。









カーイクで七夕^▽^
カーイクは報われない話になりがちなので、めずらしくカーレルさんに優しい話を書いてみました^^^^^