「なあなあ、ディムロス。」

金髪の青年は、明るい笑顔でそう言って私に語りかける。
この青年は無機物である私に、人と分け隔てなく、まるで同じ存在であるかのように接してくれるのだった。

『もう少し落ち着かんか、スタン。』

そんな青年の、何に対しても逸る心を抑えるように窘めると、青年は困ったような顔で笑った。
青年はあらゆる物事に対し、ついつい熱中して入り込んでしまう性質らしく、またお人よしの性格も相まって、いつも周囲から呆れられる羽目になっている。
しかし、青年はやるべき事が一体何であるかを見据え、努力する事が出来る才能の持ち主であった。

周囲から馬鹿だ馬鹿だと一方的に言われる青年だが、それは無知なだけであって馬鹿だという訳ではないのではないかと密かに私は思っている。
思っているだけで、言ってやった事は一度もないのだが。

それを言えば青年は浮かれてはしゃぎ出すだろうし、私自身、青年の無知に何度も呆れさせられているからには、それは言うべきではない事だと思ったからだ。

「あはは、何かオレってお前には怒られてばっかだよなあ。」
『私だけではないだろう。』

常に誰かに怒られているというのもある意味では凄いものだ。
すっかり呆れながら、私は溜め息と共に青年を叱った。

「そっか、そうだよなあ。オレ、結構、皆に怒られてるよなあ……。」

そわそわと何か言いたげに、青年はそう呟いた。
剣の柄を掴んで、困ったような顔をしながら青年はこちらを見ている。

『……言いたい事があるのなら、言ったらどうだ?』
「えっ、何で分かったの!?」
『お前ほど分かりやすい奴もいるまい……。』

言うと、青年はへらへらと嬉しそうに笑った。
己を乏す発言をされて、何故そこで笑うのだろう。

『何を笑っているんだ、お前は。』
「いやー、ディムロスってオレの考えてる事分かるんだなーって思ったら何か嬉しくなっちゃって。」
『意味が分からんな……。』

ハア、と私がもう一度溜め息を吐くのでさえ、青年は何故か嬉しそうな顔を示した。

「もし、オレが人間のお前と会ってても、こんなにお互いの事って分かったかなーって……思ってさ。」

成る程、それが聞きたかったのか。

少し気遣わしげに、青年はこちらを伺った。
私は青年の問いに少しの間頭を悩ませて、呟いた。

『分からんな。』
「いや、あのさ……例えばの話なんだから……。」

青年は何かしらの答えを求めているようだったが、私にはそれ以上の事を答えを与える事は出来なかった。
それはどうしても不可能な事だったからだ。

答えが得られなかった事に不満そうな顔をする青年に対し、私はどう説得するべきかと頭を悩ませた。
いっそ、ありのままを説明してやれば良いだろうか。

『スタン、およそ一ヶ月だ。』

意味に重みを込めて言うと、青年は真剣な顔をして此方を見遣った。
その青い瞳に告げるようにして、静かに呟く。

『私が作られてから封印されるまで、それがオリジナルマスターと過ごした期間だ。』

青年の瞳が僅かに見開かれた。

「え、一ヶ月って……。」

呆然とする青年に、更に言葉を続けた。

『そもそも生きた人間の人格を無理矢理に無機物の中へ押し込もうというのだ、多少のズレや誤差は生じる。私の、コアに植えつけられた人格自体が、オリジナルとは似て異なるものなのだ。』
「う、うん……。」
『そして、一ヶ月の期間の中、私がオリジナル・マスターと交わした言葉は両手の指で数えられるほどに少ない。』

青年はこの言葉を不思議そうにして聞いていた。
意味が分からなかったのだろう。

「それは……あー、言葉を交わさなくても分かる間柄! みたいな?」
『違う。』

一生懸命に噛み砕いて、青年なりに解釈したらしい結論は、とても穏やかで優しい答えだった。
しかし、現実というのは、そんなに生易しいものではなかった。

『オリジナル・マスターは…………。』

これを目の前の純粋な青年に言うべきか、一瞬の躊躇が生まれた。
己の中で、静かに葛藤する。

言えば、青年は驚き、そして悲しむだろう。
青年にわざわざそんな表情をさせる必要はないという思いと。

この青年なら、一体どんな暖かな答えを返すだろうかというささやかで自分勝手な希望。

「オリジナルの、ディムロスは……?」

青年に促されるままに、静かに呟く。
己の中の醜い希望が勝った瞬間だった。

『……彼は、私を嫌っていたからな。』

青年の青が驚愕に見開かれた。

なんで。
声にならない形に唇を動かす。

ああ、やはり言うべきではなかったと、遅すぎた後悔の念が我が身を襲う。
最初からある筈のない心臓が、ちくちくと痛んだような気がした。

「そんなの、絶対何かの……勘違いだって……。だって、そんな……嫌う筈、ないじゃん……。」
『勘違いではない。彼がそう言ったんだ。』

千年の昔。
彼と交わした数少ない会話の中で、確かに彼はそう言ったのだ。

「嘘、だろ……。」
『嘘ではない。考え方に差異があり、碌に話をした事もない人間の回答を私が出せる訳がないのだ。』

故に彼が青年と対峙した時に一体どんな反応をするかなどという事は、私には分からなかった。
ただ、少なくとも、私といる時よりは穏やかな顔をするであろう事は確実だった。

『だから私には彼の考えよりも、お前の考えの方がよく分かるのだよ、スタン。』

そう言って、苦笑する。

一ヶ月より遥かに長い時を。
両手の指では足りないほどの数多くの言葉を。

この旅の中で培ってきたのだ。

他の誰よりも一番、青年の事が分かるに決まっている。

「…………ディムロス。」

青年の青い瞳から涙が零れていた。
ぽたぽたと零れるそれは刀身の上に降り注ぎ、刃を濡らす。

己の体に温度を感じる器官があれば、きっと暖かいと感じたに違いないと思った。

「違うよ、そんなの……絶対何かの誤解だよ……。」

幼子のようにしゃくり上げて、青年はそう呟く。
その頭を撫でて慰めてやりたくとも、私には腕はなかった。

「違う、絶対ちがう……。」

私のくだらない期待が、青年の涙を生んだのだと思うと居た堪れない気持ちになった。

こんなにお人よしだから、周りの仲間にも呆れられてしまうというのに。
それでも青年は、微かな嗚咽と共に静かに涙を零した。

「ディムロスの……ディムロスのオリジナルが、お前を嫌う筈ないよ。」

青年が鼻を鳴らしながら言った。

「だって、ディムロスだもん。」

どれだけ補っても言葉の足りない青年の台詞は、だけど私にはよく分かった。

私を信じているから、私の元になったオリジナルの彼をも信じる。
彼が、そんな事を思う筈がないと。

『スタン……。』

千年の時を経て、疾うに骸となったであろう彼に尋ねる事など出来はしない。
これこそ本当に答えの分からない問いだ。

『すまないな、スタン……。』

けれど、青年の言葉を信じてみたいという気持ちになった。
彼を、信じてみたいと思った。

いや、私は本当は心の何処かでこの青年を信じるように、彼を信じてみたいと思っていたのだろう。

ソーディアンとマスターの間には、必ず強固な絆があると。





泣き疲れたのか、話を終えてそのまま眠ってしまった青年を見つめながらそっと呟く。

『……私のマスターが、お前で良かった。』

私に体というものが存在したら、きっと泣いていたに違いない。
私の愚かでささやかな希望を照らす小さな明かりが、この青年であって良かったと、心の底から思った。









スタディム^▽^
久しぶりに書きたくなったので、ね!^^^^^

ディムロスとS・ディムロスの話もその内書きたいなあ……