腐れ縁。

端的に、且つ一言で、あの人との関係を表すなら、それが一番感覚に適った言葉だと思う。

初めて共に出兵したあの日からもう十七年が過ぎようというのだから、そんな言葉でも間違いではない筈だ。

「全く……。」

時刻は疾うに日付を越えて一時を半ばまで回った所だった。

連日、この書類を仕上げる為に深夜まで作業をしていたのだ。
流石に眠たくて仕方がなかった。

小さく溜め息を零して、机上でトントンと書類の端を揃える。
これをファイルに挟めば、報告書の出来上がりだ。

体裁を整えた書類を脇に抱えて、未だ数人が仕事を続ける情報部を後にした。

こんな書類を届けさせるくらい部下に任せても良かったが、勤務時間外の労働を笑顔一つで押し付けた張本人に厭味の一つでも言ってやろうと思ったのだ。

長い廊下を経て、総司令室の扉へと辿り着く。

コンコンコン。

扉を叩くと、中から入室を許可する柔らかい声が聞こえた。
そろそろ書類を仕上げる頃だと踏んでいたのだろうか。

「入りたまえ。」

名前を告げるまでもなく許された入室に、軽く苛立ちを覚えながら中へ入る。

「失礼致します。イクティノス=マイナード少将、仰っていた書類をお持ち致しました。」
「ああ、ご苦労だったね。イクティノス。」

彼は疲れた笑顔で私に微笑んで、傍らへと手招いた。
素直に従ってその側まで歩み寄ると、私はファイルを机に叩きつけるようにして置いてやった。

「……この前寝たのは何時ですか?」
「さて、ね。忘れてしまったなあ。」

彼はちょっと困ったなという顔で笑うと、私が乱暴に提出したファイルを手に取った。

「…………ああ、うん。よく調べてくれている。君が優秀で本当に助かるよ。」
「お褒め頂くのは結構ですけれど、それで誤魔化せるなどと思わないで下さいね。」
「これは、参ったなあ。」

彼は先程と同じようにちょっと困ったなといった顔で……つまり、少ししか困っていない顔でそう言った。

「で?」

たった一文字の言葉に詰問の意を込めて呟くと、彼は諦めたような顔で笑った。

「多分……五、六日かな。」
「随分と曖昧ですね。」

「記憶が定かでないんだ。私は君ほど記憶力がなくてね。」

軽口で流そうとする彼に、思わず溜め息が零れた。

「おや、笑ってくれないのかい?」
「寝ておられない割には冴えた冗談だと思いますけれど。」
「……相変わらずキツいなあ。」

彼は何がおかしいのか、くつくつと声を立てて笑うと、椅子に掛けたまま私の方へと体を傾けた。

「では五分だけ、君の時間を貰ってもいいかな。」

私の胸元でさらさらと音を立てて散った緑の髪をそっと整えてやる。

「五分と言わずに、十時間くらい寝られては如何です?」

私の軽口は聞かなかった事にしたのか、それともそれに答える余裕もなかったのか、彼はそのまま目蓋を落とした。

「五分経ったら起こしてくれ。」
「ええ。」

ギリギリの所でそれだけ言った彼に頷いてみせると、彼は安心したのかあっという間に眠りに落ちていった。

「困った人だ……。」

溜め息を零しながら、その長い髪をそっと梳いた。

きっと仕事は山積みだろうから、本当に十時間も眠っている訳にはいかないだろうけれど。

「一時間だけ、枕になって差し上げますよ。」

全く、眠たくて仕方がないというのに、何故他人の枕になどなっているのか。
自分の行動に呆れて思わず溜め息が出た。

厭味を言ってやろうと思っていたのに、結局彼の心配なんてものをしている。

「……本当に困った人だ。」

こういうのを、多分腐れ縁というのだろうと思いながら、私は小さく苦笑した。









アンケのリトイク第一弾^▽^

イクティノスはリトラーさん相手でもおかあさんぶりを発揮していると思う^^^^^