「なあなあ、イクティノス! あっちみにいこーぜ!」

そう言って通路を賑やかしく駆けていくのは、園児服の上に黄色の帽子を被ったハロルド。
水中を屈折してきた透明な光をきらきらと受けながら、ハロルドはそのまま通路の奥に吸い込まれるように消えてしまった。

「あっ、まってよハロルド。はしったらあぶないよ。」

そう言ってその後を追っていくのは、これまたそっくり同じ服装に身を包んだカーレル。
魚の影に怯えるようにして私達の後ろにしがみついていたカーレルは、律儀にも弟を追って光の向こうへ駆けていった。

「なんだかんだで、楽しそうですね。」
「ああ、来てよかったよ。」

私はひとつ微笑んで、隣を歩く彼に話しかけた。
彼も、はしゃぐ子供達の姿に頬を緩めていた。

「あの子達、水族館なんて初めてでしょうしね。」

そう、私達は水族館へ来ていた。





「あっ、メルがおむかえにきてるー!」

言いながら元気に彼の胸元へと走り寄ったハロルド。
その体を軽々と抱き上げて彼は笑う。

「今日は珍しく仕事が早く終わってね。」

その後を着いてきたカーレルは、帽子を取ると小さく頭を下げて呟いた。

「おしごと、おつかれさまです。」
「ああ、ありがとう。カーレル。」

彼はカーレルをも軽々と抱き上げると、子供達の面倒を見てくれている幼稚園の先生に笑顔で頭を下げて、それから悠々と門の外に止めておいた車へと戻っていった。
その後ろに、荷物と共に控えていた私も、先生に小さく会釈して後を追った。

私が戻ると、三人は疾うに車に乗り込んでいた。
子供達がシートベルトをつけている事を横目で確認しながら助手席に乗り込むと、彼は運転用のサングラスをかけて呟いた。

「折角だから今日はドライブして、それからご飯を食べに行こう。」

いいかな?
子供達に語りかけるようでありながら、それでいて言外に私に許可を求めているのが分かった。

「折角ですからね。」

子煩悩な人だから、偶には子供達と遊ばせてあげないと。
私が苦笑して答えると、車の後ろでハロルドがぴょんぴょんと飛び跳ねた。

「やった、ドライブすんの?」
「ハロルドがいい子にしてないから、やめにしましょうか。」

車体の揺れがこちらにまで伝わってきたので、私は少し声色を低くしてハロルドを嗜めた。

「…………ちゃんと、すわる。」
「ええ、そうなさい。」

椅子の上で飛び跳ねていた体を落ち着かせて、ハロルドは口を尖らせながら言った。

「流石だね。」
「お蔭様で。子守スキルまで身につきましたよ。」

彼が苦笑して言う。
私も悪びれずにそう言うと、彼はまた笑った。

「まさか、上司の私生活までサポートするハメになるとは思いませんでしたからね……。」
「ははは、君が居てくれてよかったよ。」

呆れながらシートベルトを締める私に彼はそう言って、車のエンジンを入れた。

「もっと感謝してくださっても、いいんですよ?」
「やあ、これは参ったな。」

冗談めかして言うと、彼はわざとらしく眉間を顰めて、それから笑った。

「でも、普段から、感謝はしているんだ。」
「…………知っていますよ。」

そのままアクセルを踏んで、車は街中を抜け、暫くは郊外の道を走った。

私は手元のスイッチを動かして少しだけ窓を開けた。

夕暮れの風が髪をさらって、後ろへ流した。

「眩しいかい?」

目を細めたのを見て、彼が呟く。

「いえ、風が……。」
「ああ。」

納得したのだろう、サングラスの奥の瞳は再び前方へと向けられた。

「…………水族館でも、行きませんか?」

オレンジに染まった空を眺めながらポツリと呟く。
彼の瞳が再びこちらを向くのが、視界の外で見えた。

「この少し先に、確かあるんですよ。」
「……ナビを頼めるかい。」
「ええ。」

道なりに進む彼に、僅かな言葉で指示を出して、車を進めて貰った。

ハロルドは大人しく座っていると約束したからか、さきほどから一言も口を聞かずに、しかしソワソワと水族館へと向かう道のりを期待に満ちた目で見つめていた。
カーレルはそんな楽しそうなハロルドの姿を見ているだけで、とても嬉しそうにしてにこにこと微笑んでいた。

車は夕暮れのアスファルトを静かに進んでいった。





「ここへは、よく来るのかい?」
「いえ。以前にニ、三度来ただけです。」

水槽に映る巨大な魚がゆったりと遊泳していく。
暫くそれを見つめていたが、小さく息を零して、私は思い出したかのように彼に話しかけた。

「そろそろあの子達を追いましょうか。」
「もう少しゆっくり見て回っても大丈夫だろう。そこまで心配しなくとも、あの子達は確りしているよ。」

勿論、人に迷惑をかけたり危ない目に合っているのではという心配がない訳ではなかったし、あの子達が確りしているのは百も承知していたけれど。

「……いえ。ですが、男二人が水族館に並んでいる図は滑稽ですよ。」

苦笑しながら言うと、彼は呆気に取られたような顔をしていた。

幾ら夕刻で人気が少なくなっているとはいえ、人目が痛いことは事実だった。
子供連れならば何ら不自然ではない事も、その子供達が何処かへ消えてしまっては、とても奇妙なものに映ってしまう。

「……滑稽なのも、偶にはいいじゃないか。」

しかし彼は、少し考えるような顔をしてからそう言って、私の頭にぽんぽんと手を置いた。

「ゆっくり、見て回ろう。」

彼が笑う。

「…………折角ですからね。」

私も、つられて笑った。









アンケ第三弾のリトイク!

現代パロでベルセリオス一家を書いたらどうなるかなー、という話でした^▽^
イクティノスが完璧におかあさん化しました^^^^^

「水族館行けばいいよ」という十円玉氏のネタ提供により、こんな感じで仕上がりました
ありがとう十円玉氏! またネタください!