珍しく休暇が取れて。
それでも仕事はしていたのだけれど。
やっぱり少し羽を伸ばしたくて。
私は外を散歩する事にした。
除雪された道は泥の混じった雪でべたついていたので、敢えて雪の積もった道をザクザクと進んでみた。
特別何がしたかった、という訳ではないけれど、少し厭世的な気分にでもなっていたのかもしれない。
「……流石に、寒いな。」
すぐに戻るつもりだったので、上着も何も着てこなかったのは失敗だった。
どうしたものかと思いながらも、引き返そうという気持ちにもなれずに更に道を進めて行くと、見慣れた蒼い後姿が見えた。
「やあ、ディムロス君。」
近づいて声を掛ける。
するとディムロス君は思い切り驚いた顔をして、それから畏まった敬礼をしてみせた。
「ああ、いや、そんな事はしなくていい。」
普段どおりにするよう促すと、ディムロス君は恐る恐ると言った様子で口を開いた。
「……あの、司令、何故そんな格好でこんな所へいらっしゃったんですか?」
「司令、ではなく、リトラーさんと呼んでくれたまえ。」
いちいち訂正すると、ディムロス君は渋々とリトラーさんといいなおした。
そんなに抵抗がある事なのだろうか。
まあ、生真面目なディムロス君にしてみれば、上官をさん付けで呼ぶ事にもいちいち抵抗があるのかもしれないが。
「……リトラーさんは一体、そんな格好で、こんな所へ何故いらっしゃったんですか?」
「いや、散歩をしていたらうっかり上着がなかったんだ。」
ははは、と笑うとディムロス君は眉間を顰めて溜め息を吐いた。
「……着て下さい。」
そう言うなり、ディムロス君は自らの上着を脱いで私に着せ掛けた。
私は勿論断ろうとしたのだが、ディムロス君はそのまま私にそれを着せると、きっちりと前を留めてしまった。
「そんな事で貴方に風邪でも引かれては困ります!」
「君が風邪を引いてしまっても、困る事になると思うがね。」
私が言うと、ディムロス君はもう一度溜め息を零して言った。
「私は今まで鍛錬をしていた所なので体が温まっていますから、大丈夫です。それを着ていて下さい。」
なるほど。
何故こんな所に彼がいるのかと思っていたら、どうやら一人で鍛錬に励んでいたらしい。
相変わらず真面目な事だ。
そう思っていると、今度は白衣をばたばたと靡かせながら赤毛の青年がこちらに駆け寄ってきた。
「おーい、ディムロス!」
そう言いながら駆け寄ってきたハロルドは私の姿を見つけるなり、不思議そうな顔をしてこう言った。
「あれ、メル……こんな所で何してんの?」
「散歩だよ。」
その一言で全てを何となく察したらしいハロルドは、深く溜め息を吐いて呟いた。
「それでディムロスの上着とってんのかよ。」
どうやら見慣れた上着だったらしい、所有者をも見抜いて、呆れ顔でそう言った。
「私が着て頂く様に言ったんだ。」
「ったく、自己管理しろよなー。」
自らとて大概薄着の癖によく言ったものだ。
この寒空の中、普段着の上に羽織っているのは白衣一枚である。
「お前こそ自己管理をしたらどうだ。」
「オレはいいんだよ。倒れた所で誰も困んねーし。」
「馬鹿を言うな。」
二人が小競り合いを繰り広げるのを何だか微笑ましく思いながら眺めていると、急にどすっと重たい衝撃が背中に叩きつけられた。
一体何事かと振り向いてみると、そこには肩をいからせて呼吸をしながらこちらを睨んでいるイクティノスの姿があった。
ばらばらと背中から落ちる雪の欠片を見て、どうやら雪玉を投げつけられたらしいと判断した。
「司令のばか!」
そう言うと、彼はくるりと踵を返して元来た方へスタスタと戻っていった。
「…………メル、何したワケ?」
「…………リトラーさん、一体何を怒らせたんです?」
二人の声が同時に降って来る。
「……さあ。」
しかし私は首を傾げて小さくそれだけを呟いた。
「イクティノス怒らせるとか、絶対なんかやらかしたんだってー。」
「思い当たる節はないんですか?」
もしかしたら、仕事を抜けて散歩をしていた事を怒っているのだろうか。
一応これでも休暇中なんだが、それでもイクティノスはディムロス君以上に生真面目な面があるし……。
それとも、この間から司令室に書類を散乱させたままなのを怒っているのだろうか。
あれは今抱えている案件の資料だから、片がついたら掃除をすると約束をしているし……。
いや、ひょっとしたら、イクティノスがこの間作っていた菓子を一人で食べてしまった事を怒っているのかもしれない。
だがしかし、彼がそんな事で怒るとも思えないし……。
ならば、こっそり拾ってきてしまった子猫を飼っているのが見つかったんだろうか。
そうか! ひょっとしたらそれかもしれない。
何だかんだでイクティノスも動物が好きだから、一人でこっそり飼っていた事を怒っているのではないだろうか。
きっとイクティノスも猫に触りたかったに違いない。
しかし、あれはもう少し大きくなったらシャルティエ君にあげると約束をしていたんだがなあ……。
うむ、だがイクティノスが気に入ったというのなら、申し訳がないがシャルティエ君には断りの連絡を入れた方がいいだろうな。
「…………多分、猫かな。」
私はうんうんと頷いて、そう小さく呟いた。
「「…………は?」」
二人が呆然とした表情でこちらを見つめていた。
「取り敢えず私はイクティノスに事情を話してくるから。」
しかし、そんな事には構ってはいられなかった。
そう言って二人に別れを告げると、私はそのままイクティノスの後を追った。
「イクティノス!」
後姿に慌てて声を掛けると、イクティノスが驚いたような顔でこちらを振り向いた。
私は少し息を切らせて、それでもイクティノスに謝ろうと口を開いた。
「……すまなかったね、イクティノス。」
イクティノスは、少し困ったような顔をしてから俯いて、やがて小さな声で呟いた。
「…………いえ、私こそ、先程は大人げのない事をしてすみませんでした。」
「いや、いいんだ。」
背中、大丈夫でしたか?
イクティノスがおずおずと尋ねる。
笑顔で応えてみせると、イクティノスはホッとしたようだった。
「本当にすまなかった。」
「司令……。」
「君が、そんなに猫が好きだったなんて……。」
私はうんうんと頷いて、そう小さく呟いた。
「…………は?」
イクティノスが呆然とした表情でこちらを見つめていた。
「……この間拾ってきた猫をこっそり隠れて飼ってたから怒ってたんだろう?」
「……………………。」
冷めた表情で、イクティノスは手に持っていた紙袋をそっと雪の上に下ろした。
「…………それは、初耳ですね。一体どういう事ですか?」
「…………え?」
そしてそのまま雪を両手いっぱいに掬って、私の顔面に投げかけた。
「司令のばか!」
そうして置いていた紙袋をひったくると、やはりバタバタと駆けて行ってしまった。
……………………一体何が悪かったのだろう?
「全く、司令と来たら!」
コートも羽織らずに出かけたのに気付いて、慌ててその姿を探して走り回ったというのに。
当の本人はちゃっかりと上着を借りて和やかに部下と談笑をしていたというのだから、呆れてしまう。
勿論怒るのは私のお門違いかもしれないが、それでもやはり苛立ってしまったのだ。
大人げがなかったかと反省をしていた所に追ってきたから、すっかり苛立ちも失せてしまったというのに。
こんなのでは反省する気も起きない。
「ばか…………!」
彼のコートの入った紙袋を、私は静かに雪上に叩きつけた。
アンケ結果第七弾のリトイクです!^▽^
イクティノスすげーかわいそう……!
あと司令の頭がとってもかわいそう……!
何でこんな事になってしまったのかさっぱりです^q^
どうもすみませんでした^q^q^