「天体観測……ですか?」

大学の一級上の先輩であるリトラーさんに、手作り感の溢れる手書きのチラシを渡されて、私は呟いた。

「そうなんだ、天文部のサークル活動の一環なんだけどね。良かったら来ないかい?」
「はあ……。」

チラシに並ぶ読み難い丸文字を何とか目線で追う。
サークルの女子辺りがデザインしたのだろうか。

丸文字イコール女性と決め付けるのは偏見だろうとも思うのだが、妙に丸っこいハートが描いてあるのを見ると女性だろうなと妙に確信してしまうのだった。

「それは部外者が行っても構わないものなんですか?」
「でなければ誘っていないよ。」
「それもそうですね。」

ハハハ、と笑う彼にそう返してチラシを丁寧に畳んだ。
今度の流星群を観測しようという趣旨らしかった。

「どうだい?」
「丁度この日は暇をしてましたので、お伺いしますよ。」
「そうか、それは良かった。」

私は捻くれた言い方をしたが、リトラーさんはそんな言い回しの事は気にしていないようで子供のように喜んだ。

「じゃあ、来てくれるのを楽しみにしているよ。」

そう言ってリトラーさんは踵を返すと、束ねた長い髪を揺らしながら元来た道を戻って行った。

「天体観測、ねえ……。」

私は畳んだチラシをまるで日に透かすかのように掲げて、それから白衣の内ポケットにしまった。





「やあ、来たね。待ってたよ。」
「今日はお誘いありがとうございました。」
「いや、こちらこそ。来てくれてありがとう。」

約束の日時にそこを訪れると、リトラーさんは手を挙げて私を呼んだ。
近づいて挨拶を交わしながら私はぼんやりと空を眺める。

夜半を過ぎた空は空気が澄んでいて、誂えた様に観測に適した状況だと思った。

「見えますかね、流星。」

これで見えなければ、ある意味詐欺だ。
そう思っていながらも、私は捻くれた言葉を口にした。

「大丈夫だよ。」

リトラーさんが小さく笑う。

「単なるジンクスだがね、私が大丈夫と言った事は今まで全て何とかなってきたんだ。だから大丈夫だよ。」

これはリトラーさんなりの冗談なのだろうか。
言葉を額面通りに受け取ると、恐ろしいまでの自信過剰という事になってしまうが。

「……ジンクスは縁起の悪いものに使う言葉ですよ。」

私が呆れたように溜め息を零すと、リトラーさんはパチパチと目を瞬かせた。

「では、次から言葉遣いを改めるよ。」

そう言って、にこりと笑う。
リトラーさんはどんな事を言われてもきっとこの顔を崩さないのに違いない。

「これからが丁度流星のピークなんだ。」
「新聞で見ましたよ。場所が良ければ一分に二つから三つは見えるそうですね。」
「流石。下調べもばっちりだね。」

二人して空を眺めながらそれぞれに呟く。

秋の夜長に薄出のコートを着てきたのは失敗だったな、と隣で着膨れしたリトラーさんをチラリと見遣る。
どうせなら気温を調べてくるべきだったと白く濁る溜め息を零して、私は星の流れるのを待った。

「あ……。」

私が小さく呟くと、リトラーさんは中空から視線を逸らさずに呟いた。

「見えたかい?」
「ええ、あっちに一つ。」

私が指差すと、リトラーさんはそちらに目を遣った。

「ああ、本当だね。」

また一つ、瞬いた綺羅星を見てリトラーさんは微笑んだ。

「何故だかね。生まれてこの方、空がとても好きなんだ。」

リトラーさんが小さく、苦笑するような声で言った。
これは、独り言だろうか。

「…………奇遇ですね。私もです。」

独り言かどうかなど、そんなものはどちらでも構わない事だと苦笑して、私も聞こえるかどうかという声量で微かに呟く。

「……本当は、一人でも見るつもりだったんです。」

熱心に星の事ばかりを調べて気温の事など失念してしまう程には、私も空が好きだった。

「…………そうか。」

長い沈黙の後、リトラーさんがポツリと言葉を返した。

「ええ。」

私も一言だけ言葉を返す。
指先が冷えて悴むので、コートのポケットに捩じ込んだ。

「「あ……。」」

瞬いた光に、二人して小さく声を漏らす。

それだけの事なのに、鼻の奥がツンとして何だか涙が出そうになるのは、きっと寒い所為に違いない。
そう結論づけると、私は冷えた手のひらでそっと鼻を擦った。









アンケ第九弾のリトイクです!^▽^

生まれ変わって、現代でこの二人がこんな感じだったらいいなあと思って書きました^^