頭が重い。
フラフラして思考が纏まらない。

廊下の隅で冷たい壁に寄りかかりながら、それでも何とか自室へ向かって歩き出す。

ああ、まずい。
完璧に風邪をひいてしまった。
こんな忙しい時に、自己管理が出来ていないだなんて情けない。

仕事を、しなければ。

部屋に入って、なけなしの空調と明かりを点けた。
そして机に向かった瞬間、不意に息苦しくなって咳き込む。
その反動で思わず筆を取り落としてしまった。

「ああ、いけませんね。これじゃ……。」

目を通さなければいけない書類の束が山のように溜まっているというのに。
ファイルに挟まれた書類の一枚目に目を通す。
しかし、文字を追ってはいるのだが、それらは全て表面を滑るばかりで中々頭に入ってこない。

「少将、失礼します。」

コンコンと軽やかなノックの音が響く。
どうぞ、と返事をしてから、それがカーレルの声だった事に気付き、入れるべきではなかったと思い直す。
どうやら判断力も相当に落ちているらしい。

「少将のお加減がよくないらしいと伺いましたので。」

誰だ、この子に余計な事を教えたのは。
考えると、頭の中に緑の後姿がチラついて苛々した。

「……それは、どうも。司令の温情を賜りまして、自室へ強制的に戻された所ですよ。」

体調の不良を見抜かれて、あっさり自室へと追いやられてしまった。
確かに、こんな状態の自分がいた所で邪魔にしかならないが。

「でしたら、寝ていらしてください。」
「生憎、そんな暇もないもので。」

机の上に積み上げた書類をチラリと見遣る。
カーレルはそれを見てうんざりとした表情で顔を顰めた。

「そんなもの、どうにでもなるでしょう。」
「どうにもならないから言っているんですよ。」

背を向けて、再び仕事に取り掛かろうとする私の手から、カーレルが書類をファイルごと奪い取る。

「……何なら、こんなもの全部破り捨てたっていい。」
「正気ですか。」
「ええ、至って。」

この子は時々、ハロルドよりも衝動的だから困る。
本当にやりかねないな、とカーレルの手元にあるファイルを見つめて小さく溜め息を零した。

ああ、やはり部屋に入れるべきではなかった。

「ベッドまでお連れしましょうか。」
「結構、一人で歩けます。」

ふらついたら抱えられるに決まっている。
そんなものはプライドが許さない。

十数歩の距離を気概を保ったまま何とか歩ききる。
それだけの事に必死になっている自分に気付いて、相当に体調が悪かった事を改めて自覚する。

道理で追い返される訳だ。

「軍服、脱がせますよ。」

ベッドに腰掛けた私の正面から、カーレルが静かにそう告げる。
もう、何でもいい。

「ええ、どうぞ。」

軍服の上着を脱がせて、それをハンガーにかけながらカーレルが呟く。

「今、ハロルドがお粥を作ってくれていますから、それを食べたら薬を飲んで寝てくださいね。」

ハロルドにまで知れていたのか。
全くハロルドにせよ、カーレルにせよ、わざわざ仕事の時間を割いてまで私の看病などする事はないのに。

「……ハロルドも、とても心配していました。」

もたもたとハンガーに上着をかけながらそう言うカーレルを見て、何だか笑みが零れた。
それは、相変わらずこの子はこういった事が苦手だなだとか、ハロルドが私を心配している様を想像してしまったりだとか、そういった本当に些細な事が原因だろう。

「どうかしましたか、少将。」

笑い出した私を見て、カーレルが不審そうにこちらを振り返る。

「いえ、すみません。ただ、おかしくて……。」

訳が分からないままに何とか軍服をハンガーに掛け終えたカーレルがこちらへ戻ってくる。

「熱を計っておきましょうか。」
「結構です。」

私の額に掌を置いて、カーレルが言った。

「何故です?」

断った私に、目をぱちぱちと瞬かせながらカーレルが尋ねる。

「熱があると知ったら、急に体調が悪い事を自覚してしまうでしょう。」

私が笑いながらそう言うと、カーレルは眉間の皺を深めて溜め息を吐いた。
そして、救急箱を探しに行ってしまう。

「……貴方は少しくらい自覚した方がいいんだ。」

そうポツリと言い置いて。

何故かそれさえもおかしくて。
ああ、私は少々頭がキているのかもしれないと思いながら、布団の中でカーレルの帰りを待つのだった。









アンケ第14弾カーイク^▽^

イクティノスが風邪引いてカーレルが看病する話ってコンセプトで、どんなドタバタになるのかと思ったらそうでもなかったっていう^^^