コンコンと響くノックの音。
暫くして、聞こえてきた柔らかい声。

「カーレルです。」
「どうぞ。」

回転椅子をくるりと回して、ドアの方へと向き直る。
しかし、ドアを開けたカーレルが普段ならばありえない格好をしていたので私は思わず眉を顰めた。

「どうしたんです、その……それは……。」

私が指差して言うと、カーレルは少し気恥ずかしそうにしながら「ああ、これですか。」と紺色の裾を軽く摘んでみせた。

「似合いませんか?」
「いいえ、そんな事はありませんが……。」

寧ろ、よく似合う。
カーレルほど顔立ちの整った人間に似合わない服がそうそうあるとも思えないが、今、問題にすべきはそこではない。

「……何故、エプロンなんです?」

エプロンとは、料理や掃除や洗濯といった家事をする際につけるものだ。
殺人的料理を作り、雑巾がけでハロルドのパソコンのデータを消し、洗濯機を爆発させるカーレルが一体何故エプロンをつけているのだろうか。

背筋をつうと冷たい汗が伝うのが分かった。

また、何かしたのだろうか。

「えっと、その……少しばかり、料理を……。」

……そうか、今日は料理か。

私が頭を抱えて小さく溜め息を吐くと、カーレルは気まずそうな顔でもじもじとエプロンの裾を弄った。
自己接触行動で安堵を得たいのだろうか。

「何を作ったんです。」
「……ハロルドに教えて貰って、簡単なものを。」

カーレルの緊張を解いてやろうと、話題をそちらへ振ってやる。
ぎこちない表情を浮かべながらもカーレルはそう答えた。

「とりあえず、キッチンへ降りましょうか。」

私が言うと、カーレルは素直に頷いた。





「これ、なんですけど……。」

キッチンへ降りると、カーレルはオーブンレンジの中からそっと耐熱皿を取り出した。
なるほど、確かにハロルドに教わって作ったのだろう。
比較的まともな外見のものがそこにはあった。

「食パンを一口サイズにちぎって、ソーセージを輪切りにして、牛乳を加えて、上にチーズをのせて焼いたんです……。」

調理台の方を見ると、キッチンバサミでソーセージを切った後がある。
恐らくは火も刃物も使わないようなメニューを教えたのだろう。
なるほど、ハロルドらしい。

「あっ、そうだ。食べる前にパセリをかけるんだった。」

ハロルドに言われた事を思い出したらしいカーレルがパタパタとスリッパを鳴らせてパセリの入った小瓶を取りに行く。
そして、小瓶の蓋を開け皿の上でパラパラと…………。

……何故、そこで瓶を百八十度逆さまにする。

一面緑になった皿を見て、カーレルはこの世の終わりの様な悲壮な表情を浮かべた。
ものの一秒にして苔生した皿の上に、私は絶句する。

「ああ……折角、上手くいっていたのに……。」

へなへなと座り込むカーレルを立たせて、私は小さく溜め息を吐いた。
確かに、カーレルが作った料理にしてはありえないくらいの出来栄えだった。

「食べられない訳ではないでしょう。」
「それは……そうですが……。」

落ち込むカーレルに励ましの言葉をかけて、私は食器棚からフォークを取り出す。

「頂いていいですか?」
「……それは…………その、貴方の為に……作ったものですから。」

でしょうね。

一応念の為に確認を取ると、カーレルはもごもごと往生際悪くそう言った。
私を呼びに来た時点で、きっとこれは私の為に作っているのだろうと疾うに察していた。

フォークを差して、牛乳とチーズを絡められたパンを口へと運ぶ。
私がそれを咀嚼する様を、カーレルは酷く真剣に眺めていた。
そんなにまじまじと見られていては非常に食べにくいのだが、かと言ってそれを今のカーレルに言う事もできず、私は黙ってそれを飲み込んだ。

「カーレル、ダシはちゃんと入れましたか。」
「えっ……あ!」

開口一番に私がそう言うとカーレルは少し考え込んでから声を上げた。
どうやら、入れ忘れていたらしい。
道理で味が薄い筈だ。

一体何処の誰だ、頭のいい人間は料理が得意などと宣ったのは。
これほど賢くても、料理ができない人間がここに居るというのに。

「…………すみません、イクティノス。」

すっかりしょげかえってしまったカーレルの頭にぽんぽんと手を置いて、静かに呟く。

「確かに、パセリ塗れになってしまったし、ダシも入っていませんでしたが……上等ですよ。」
「…………。」
「食べられるだけ進歩しているというものです。」

遠まわしに批判の様な褒め言葉を投げかけると、俯いていたカーレルが小さくくすりと笑うのが見えた。

「覚悟していて下さい。今度は美味しいと言わせてみせます。」
「おや、それは楽しみですね。覚悟の意味が変わらなければいいのですが。」

そう言って、私はもうひとくちカーレルの作った料理を口にした。
カーレルが照れ臭そうにはにかんだので、私も小さく笑った。









19個目のカーイクでした^▽^

カーレルのダメっぷりは毎度の事です^^^