ここは、非常に静かだ。
息が詰まりそうに苦しい。

窓の外はどんよりと薄曇りで、音もなく降る雪が周りの全ての音を吸い込んで掻き消している。
二重に嵌め込まれた分厚い硝子窓が、余計にそれに拍車をかけていた。

室内では、時折、薪の爆ぜる音が響いたが、それしきのことではこの息詰まる空間を浚ってくれはしなかった。

「カーレル。」

名前を呼ばれる。
深みのある、静かな声。

思わず体が強ばった。

「はい。」

引き攣れた喉で答える。

「今度の二〇七大隊の遠征についてだが。」
「はい。」

恐る恐る一歩近づく。
僅かに、足が竦んだ。

「ハーバリアバレーを中継して、迂回する部隊も用意した方がよいのではないだろうか。」

息が苦しい。
この人の隣にいると、いつもそうだ。

「それでもよいのですが……結局の所、損益は然程変わりませんので。」
「ふむ、そうか。」

聡明なマリンブルーがじっと紙面を滑る。
聡明で、人望に厚く、叡智に長けた人。

「ならば、君の意見に従おう。」
「ありがとうございます。」

深々と礼をして、また一歩下がる。
薪がパキッと爆ぜた。

マリンブルーは、書類を一枚捲ってまた紙面に目を滑らせる。
端正な横顔を見つめて、私は静かに息を吐いた。

私がこの人を嫌っている訳では、勿論ない。
寧ろ、養父として感謝しているし、心の底から敬愛している。

この人の理想の為なら、私は喜んで命など投げ出すだろう。

しかし、どうしてもこの人の隣では息苦しさを感じてしまう。

原因は自己分析できている。

それは、極々簡単な理由。
嫉妬だ。

イクティノスの信頼を得ていること。
ディムロスに慕われていること。
人々に愛されていること。

自分にないものばかり持っているこの人を、私は羨んでいるのだ。

しかし、私とてこの人に憧れてやまないでいるのに。
他の人だって、私と同じようにそう思っているだけだ。

何の不思議もないことだ。

それなのに、こんなことを考えている自分に自己嫌悪する。
そう、だからいつもいつも私は息苦しいのだ。

私は、愚かだ。

「カーレル。」
「はい。」

名前を呼ばれる。
信頼されている。

私は、この人に信頼されている。

「なんでしょう、司令。」

それだけのことが嬉しくて。
同時に身が竦む。

ああ、私は愚かだ。









養父の背中を超えたいと思うカーレルの話

ちょっと遅めの反抗期ですね